神霊狩小説A


(41)  12月25日 水天町・古森家の朝

 
 
 朝、学校へ行く準備をした信が部屋を出ようとドアを開けると、がさ、と音がした。
 部屋の前に、紙袋が置いてある。
「………。」 赤いリボンがついた袋を、黙ったまま見下ろした。これは、ひょっとして、あれか。
「あ、サンタクロース、来たごたるね」 太郎が後ろから声をかけてくる。
 やっぱりか。こういう物を黙って置いていくというのは、どういう了見だ。
 袋を拾い上げて 「これ、どげんしたらよかか」 太郎に聞く。
「こげな時は、サンタに礼ば言うて、喜んでみせるとが 『しきたり』 ばい。」
「サンタち……父ちゃんか母ちゃんや、なかか」 我ながら、間の抜けた質問だ。太郎はくるっと目線をそらして、とっとと階段を降りて行く。信から顔が見えないが、背中が笑っている気がする。
 
 おはよう。信に、サンタが来たげな。台所にはいった太郎が、両親に報告している。
「あらー、すごかねぇ信。中、開けてみたと?」
「え…いや。」 すごかね、ということは、母ちゃんが “サンタ” なわけやないのか? 
 袋からは濃紺のコートが出てきた。
「よかねー。着てんないね。はい、腕ば出して。はいはい。」 信の手から取り上げて、無理やり着せかけてくる。ぽちぽちぽち。ボタンまで留められた。完全に子ども扱いだ。「うん。よく似合うばい。」
 くれると言われたわけでもないものを着せられて、誰に礼を言えばいいんだろう。犯人が分からない。父ちゃんか、母ちゃんか。
「ほら。やっぱし茶色よか青ばい。」 しれーっとしてから、おまえも一味か、太郎。
 
 思えば大神の家がつぶれてから、季節が変わるごとに 『おいのお古ですまんなぁ』 だの 『お父さんに買うたばってんが小さかったけん、信、着てね』 だの言いつつ、太郎の両親が、“あきらかに信のために買ってきた服” をこまごまと揃えてくれているわけだが。
 どうも礼を言うタイミングが、いつもうまくつかめない。
 よかね、よかね、とそれぞれに言われるが、どう対処すればいいんだか。
 
「あ、まずか。早くゴハン食べんと、学校に遅刻するばい。顔ば洗ってこんと。」
 助かった。太郎に言われて、コートを元どおり片づける。台所から出るところで立ち止まり、向き直った。
「あの……ありがとう。」
 やっと言えた。太郎の両親が、にこにこと笑顔を返す。
 
 
 
 洗面台に手を掛けてぐったりしていると、太郎が無言で顔をのぞきこんでくる。
「……なんね」
「やっぱし、茶色のほうがよかったと?」
「……なんね?」
「しわしわ。」 太郎は自分の眉間を、人差し指で指してみせる。自分の顔に手を当てると、やはり眉間に力が入っていた。
「色は、よかばってん。おまえな……サンタは、なかやろう。」 ため息混じりに言うと 「信が、クリスマスしたことなかーとか言うけん、お父さんとお母さん、信がどげな反応ばするか楽しみにしとったとよ。」 まったく悪気のない顔で答える。
 楽しみにしとったとよ。で、しかめっ面をされたのでは、たまったものじゃないだろう。
『しきたり』 違反もいいところだ。
 
 すでにフォローのしようもないが 「喜んでみせんで、大丈夫か」 とりあえず太郎に言ってみる。
 太郎は歯ブラシに歯みがき粉を乗せながら 「信っち、喜んでみする時、どげんすっとね」 まじめな顔で聞いてくる。
「どげんて……。」
「あれ着てスキップとか?」 どういう発想だ。思い浮かべてみたのか、太郎の眉間も 『しわしわ』 になっている。先に考えてから言葉にする習慣は、いつになったらつくんだろうか。
「……せんけん。」
「……せんとよね。」
 いや、信ん反応の面白かったけん、サンタも満足しとるとよ。太郎は笑って歯を磨きだす。
 
 どんな反応をして、サンタ一族を喜ばせてしまったんだか。
 よく分からないが、スキップよりはましだ……ということにしておく。
 



inserted by FC2 system