神霊狩小説A


(40)  12月22日 水天町・古森家
 
 
 匡幸が帰ったあとの台所。
 
「なんね、中嶋くん、家出してきとったと? そげなん、ちゃんと言うてくれんやったら中嶋くんち心配しとるとに、連絡もでけんかったやなかね」
 母親に怒られた。太郎だってそんなこと知らなかったんだから、しょうがない。
「なして、おいまで怒られるとや」
 母親に聞こえないように、信が太郎に文句を言ってくる。
「だけん、僕でん知らんやったち言うとるとに。ずっと一緒におったつに、信が知らんで、僕だけ知りようなかやろうもん。」
 一瞬にらみあう。
「はいはい、もうよかけん。あんたたち、今から勉強する? そいともお母さんの手伝いばする?」
「お母さん、ほかの選択なかね?」
「なかよー♪」
 
 勉強はないと踏んだのか、ザルに黄色い果物を持ってきた。
「冬至やけん、今夜は柚子湯にするけんね。輪切りにしてちょうだい。柚子湯に入ると 『融通が利く』 ごつなるっちゅうけん、ちょうどよか。」
 ……どういう意味だろう。
 
 信はおとなしくナイフを持って、黙って柚子を切っている。
 さっきからあんまりしゃべらないんだけど、匡幸のこと気にしているんだろうか。
「匡幸、大丈夫かな」 声をかけてみたけど、返事もない。
 
*  *  *

 
「ねぇ、大丈夫かな」
 太郎のいつもの独り言だと思っていたら、自分に話しかけていたようだ。
「しらん。そげに心配せんでも、大丈夫やろ。」
 ずっと一緒にいたのに、信にだけ分かるわけないだろう。
 中途半端に寝たので、さっきから眠くてしょうがない。柚子の匂いが目にしみる。
 太郎はそれ以上なにも言わず、信の手をじっと見ている。
 また何かたくらんでいる顔だ。
「なぁなぁ信。柚子ん実ば、食べたこつあると?」
「あ? …なか」
「食べてみんね。すごく甘かよ」
 ……匂いからして、すっぱそうだ。
「こら太郎、こないだ自分でかじって、すっぱいっちゅうとったやなかね」
「あーお母さん、ばらしたらでけんばいー……うわっ」
 太郎の胸ぐらをつかんで、鼻の頭に柚子の汁を付けてやった。ぴとぴと。
「わぁ。スースーすっと〜」 太郎は、眉を八の字にして笑っている。
 なにが嬉しいんだか。
 
*  *  *

 
「信、元気づけちゃろうち思って言うたつにー」
 馬鹿が、と小さく言って、信はまた柚子を切る。
 太郎に柚子を塗る時、ちょびっと笑ってたから、落ち込んでるわけじゃなさそうだ。
 
 明日は信とふたり、体からほんのり柚子の匂いがするんだろう。
 学校に行くと、匡幸がいつもの調子でからかってくるといいな。
 
 鼻を拭いて、そんなことを思った。
 





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