神霊狩小説A


(25)  11月1×日 学校〜古森家B
 
 
「もしさ」 急に自分の考えに自信がなくなってきた。「もし、太郎の家族とかが、移植しなきゃいけない状態になったら…やっぱりあんな臓器でも、欲しいと思うようになると思わないか?」
「…よく、分からんたい」畳を見て、黙り込んでしまった。
 
「よし、俺が実験する時は、あのネズミ一匹一匹が太郎だと思うことにするよ」
「あー?なんね、それ」
「どうせなら、命を大切にするやつに扱われたほうが、まだマシだろ」
「……」 太郎は意味がよく分からない様子でまた黙る。ていうか俺、今ちょっと恥ずかしいこと言ったか?
 思わずパン、と太郎の背中を叩いた。なんするとーと言う太郎に、母親が心配だからそろそろ様子を見ようと言って下に降りた。
 
 
「あ。ごめんね、お母さん、酔いつぶしちゃった。」 母親がソファで眠っている。
 テーブルに乗った酒瓶にはたくさんの酒が残っていて、それほど飲んだわけでもないようだった。
「やだなママ、こんなことろで」
 起こそうと近づいてみると、頬に幾筋も涙のあとがあった。
 
 古森家を出る時、母親同士が挨拶をしているのを眺めて、ふと気がつく。「太郎のお母さん、元気になったよな」 太郎がそうたいね、と答える。
「うちももう少しなんとかなればな…元はと言えば、俺のせいでこんな所に引っ越してこなきゃいけなくなったんだし」
 こんな所って、なんねー…と答えが返るだろうと思っていたのに、太郎は言葉を探すように匡幸の顔を見ている。 あ、マジになってるよ太郎。
「ええと……あ、そうだこん間、信に、僕のお母さんが、僕が家の中で楽しそうに笑っとるごつ見ると嬉しかっち話したこつ、聞いたとよ。」 思わず 「信、そんな話すんのか。」 と言うと 「夏に言われたこつ、今まで黙っとったみたいばってん、話しとる信もなんや恥ずかしそうやったとよ。そいで」 母親たちを見て続ける。
「そいで、匡幸んお母さんも、きっと同じやち思うと。」
 
 
 道路に出て、パパに電話しようか、と言うと 「あ、いいよ」 と言われた。お酒の匂いがしたままだと怒られるから、少し歩いて帰ろう。
「なんだかね。ひさしぶりにたくさんお話したら、スッとした。お酒美味しかったな」
 川を眺める母親は、すっきりした顔をしている。
「歩いて帰ると、加藤さんちに行くの間に合わないよ」 言ってみたが返事をする代わりに匡幸を見て 「匡幸、胸にキノコつけてるの?」 くすりと笑う。
「つけてるんじゃなくて、デザインだよ――ていうか今まで気がつかなかったの」
「うん…気がついてたんだけど。」 そして微かに聞こえる声で、ごめんね、とつぶやいた。
「…太郎のお母さんと、なに話したの」 どうしてあんなに泣いていたんだろう。
「大人の話だもん。内緒」 笑って言う母親に、えーなんだよーと言う自分も笑顔になっているのに気がつく。太郎が言っていたのはこういうことか。
 
「匡幸が小さい頃、よくお散歩したの覚えてる?」
「覚えてるよ」
 
 ひさしぶりのお散歩ね、と言われて、太郎の家が遠くてよかった――と思った。



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