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「……どうしたのパパ」
「どうしたもなにも……もういいだろう、帰るぞ。」
「は?」
ご迷惑をおかけして…と、父親が太郎の両親に頭を下げる。なにがなんだか分からないまま、車に押し込まれた。太郎が持ってきた荷物を窓から受け取って、心配そうな顔に大丈夫、と声を出さずに言った。
父親は、匡幸の顔も見ないで車を走らせる。
「まったく、少し怒られたぐらいで、家出なんてどういうつもりだ。」
家出って、家出? いやそれ、明日からの予定だったんだけど。
「ちょっとそれ、ママが言ったわけ?」
「誰でもいいだろう。」
どうも匡幸は、口論がきっかけで家出したことになっているらしい。しかも母親には 『太郎の家に行くことは内緒に』 と口止めした…ことになっているようだ。
どういう勘違いから、そういう話になっているんだろう。ただ泊まりに行く、としか言わなかったはずなんだけど。
父親の横顔を見るが、それ以上口を開く気配がないので、窓の外に目をやった。
道沿いに、太郎の家の前から流れている川が見える。
前に、母親と散歩しながら帰った道だ。川に沿って、ゆっくり話しながら歩いたっけ。
ぼんやりと、太郎の家に置いてきた自転車のことなんかを考える………。
「…パパさ、迎えに来たんだ」
「迎えに行ったから、車に乗ってるんだろう」
そういう意味じゃなくて……そうか、匡幸が家出すると、迎えに来てくれるんだ。そうなんだ。
父親はチラッと匡幸を見て、また黙って運転を続ける。
車で帰ると、太郎の家から匡幸の家もあっという間だ。家の近くまで来ると、父親がおもむろに車をとめた。
「昨日の夜から、ママといろいろ話をしたんだが。」
「俺のこと?」
「高校なんだが、ママは東京に戻るのがイヤだそうだ。」
「へぇ…そうなの?」
「せっかく友達ができたからって…おまえと同じことを言いだした。」
太郎のお母さんのことだろうか。それで匡幸が 『家出』 までして反抗してるとか言ったのかな。昨日匡幸が家を出てから、このシナリオをどれだけ悩んで考えたんだろうか。きっと今ごろ、嘘がばれてないかそわそわして待っているんだろう。
急にママが可愛く思えてきた。
「ママもさぁ、友達とかは口実で、本当はパパといたいんじゃないの?」
ふと思いついて口にしたけど、“も” と言ってしまった――― いや、俺は、そういう意味で言ったんじゃないんだけどさ、とか言い訳するのもおかしいし、かといってそう解釈されるのも……そもそも言い訳するほどのことじゃないだろ、パパだってそこまで深読みしてないかもしんないし。なんて頭のなかでぐるぐる考えていると、父親が自分のほうを見た瞬間、顔が真っ赤になってしまった。
「まあ、そうかもな。」
匡幸が赤くなっているのをどう解釈したのか、父親は笑いを隠すように口元に手をあてている。
「……トップをとれよ」
「は?」
「水天高校に行くなら、常にトップでいろ。成績が落ちるようなら、東京の私立に転校だ」
「ええーー!!無理だよそんなの」
「おまえは “一番大切なのもの” のために、それぐらいのこともできないのか?」 あきれ顔で言われる。「まあ10位以内なら許してやってもいい」
なんだよそれー。食い下がってみたが、それ以上の譲歩の提示はなさそうだ。
―――パパは、自分の “大切なもの” のために 『それぐらいのこと』 と言えるぐらいの努力をしてきたんだろうか。
車はちょうど、父親と鳳先生の浮気現場を見た場所に止まっている。
「……単身赴任ってさ、やっぱり寂しいの?」
「なんだ、いまさら。」
なんだって……一生の秘密だよ。でもいつか、ずっと年をとったら話してもいいな、とか思う。あの時は、すごくショックだったんだぜ、とか怨み言も言えるだろう。
* * * 「どげんやったとね、古森んち」
次の日、太郎にからんでいた奴が訊きに来た。なぜか道男も横で興味津々で聞いている。
自分の席にいる信は、聞こえないふりをして、頬づえで窓の外を見ている。
「おもしろかったとね」 道男が訊く。
「いやー、フツウにフツーだったよ。クリスマスの料理とか食べて、寝るまでゲームしてただけだし。」
「クリスマスっち、拝霊会なんかやらんやろうも」 もう一人の奴は、期待が外れて不服そうだ。
「だから、ぜんぜんフツウなんだよ。」
「なんね、つまらん。」
でも 『フツウにフツー』 な太郎と信が、楽しそうでうらやましい気がした―――というのは、なんだか悔しいから言わないでおこう。
(完) |