神霊狩小説A


(21)    11月 水天町・古森家の猫
 
 
 日曜の夕方
「あ、信。ちょうどよかった」 久間田から帰ったとたん、太郎の母親に言われる。
「お隣に行ってくるけん、ちょっと留守番お願いね」
 家の中に目をやると 「太郎はまだ中嶋君とこから帰ってこんとよ」 と言われた。
 留守番と言っても…とりあえず新聞でも読んでいるか。
 太郎も毎日学校で会ってるのに、毎週匡幸の家で何をしているんだか。
 
 縁側に座っていると、庭に動くものがいる。古森の家の中にも時々入ってくる、近所の大きなブチ猫だ。
 信はペットを飼ったことがない。古森家に来て、初めて家の中に人間以外のものが動いているのを見た。小さな神霊がうごめいているのを連想して、異様な感覚を覚えた。
 太郎がよく抱き上げて外に出しているが、持ち上げられた時にクニャッとなるのが不気味だと思う。ゼリーのように、腕のあいだからドロリと溶け落ちていきそうな柔らかさに見える。
 無視していれば出て行くだろうと思っていたら、だんだん近寄ってきた。睨みつけても全く動じる様子もない。
 トッ、と縁側に飛び乗ってきた。
 砂だらけの足で歩いてくる。腕に顔を近づけてきたので、思わず避けた。
 どうすればいいんだ。
 太郎はまだ帰ってこないのか。
 
 
「おかえり、太郎」
 匡幸の家から帰ると、母親が毛布を持って歩いていた。 家の奥を指差す。
「?」 信が縁側に足を置いた状態で、畳の上に丸くなっている。
「寝とるんよ。あんた、これ掛けてあげんね」 と毛布を渡された。さっき留守番を頼んでた間に眠ってしまったみたいなんよ、と言う。
 
 信でもこんなところで寝るのか。
 そーっと覗き込んでみる……あれ。
「信、ブチば抱いて寝とっとよ」 小声で言うと
「いつん間に仲良うなったんかねぇ。可愛いかね。」
「うん――」って、どっちのことを言ってるのかな。
 信、猫キライじゃなかったっけ。起こさないように毛布を掛けた。
「…起こして、ちゃんと布団で寝るように言ったほうがよかやなかかね」
「んふふー。でもあん子、あすこで目が覚めたとき、すごく恥ずかしそうな顔してみせると思わんね?」
 ちょっとガキ大将が悪戯を思いついたような顔をしている。
 
 太郎が帰ってきても目が覚めんなんて、泥棒も入りたい放題やったね、と笑いながら話す母が、でもよかったね、とつぶやいた。
「あん子、あんな風に人前でうたた寝できるような子やなかったけん。こん家でもいつも気いば使って、ちょっとかわいそうやったとよ。」
 ちょっとは気を抜けるようになったごたるね、と太郎に微笑んだ。
「ありがとう。お母さん。」
「ん?なんであんたが礼ば言うとね。」
 
「あん子、猫みたいやね」 と言う母に
「本当はオオカミなんよ」
  意味は通じないだろうけど言ってみたら、あんたそれは苗字んこつやろ、と笑われた。



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