神霊狩小説A


(36)  12月22日 水天町・匡幸B

 
 
 夕方。
 いったん家に帰ってから、太郎の家に行く。道夫も誘ったけれど、信の不機嫌そうな顔を見てからか 「明日、用事があるけん」 と逃げられてしまった。
 
「匡幸、お父さんおらんとに、家ば空けてきてよかったとね?」
「ああ、親父今日、昼ごろ帰ってきたみたいで、部屋で寝てたよ。」 ラボの再稼動が決まり、不具合がないか泊り込みで監視してたらしい。「動き出すと24時間稼動だからな、あれ。」
「…再開すっとね」
 国の支援でやってる研究だから、一度や二度の失敗で閉鎖、なんて単純にはいかないようだ。でもあの 『事故』 は研究者にもいろいろ考えるきっかけになったようで、研究室には小さな供養塔も作られたらしい―――と言うと、太郎はこくんとうなずく。
 事情が分かって、信はいつもの信に戻っている。どっちにしろ、あんまりしゃべらないんだけど。
 太郎の部屋でしばらく話をしていると、夕食の時間になった。
 キッチンに行くと、なんとクリスマスの料理が並んでいる。
「あんたたち、いきなり言うんやもん。もっと準備できたらよかったとにね。」
「えー、匡幸、ただ泊まりに来ただけやけん、別にクリスマスするためやなかったとに。」
 ちょっびっと早かばってん、せっかくやけんね。と、準備している太郎の母親のほうが楽しそうだ。
 
「……クリスマスっち、本当にこげなことすっとね。」 信がぼそっと言う。「テレビん中だけんこつか思っとった。」
 そりゃそうか。宗派が違うからな…というか、一緒にこんなのする相手もいなかったのかもしれない。テーブルを眺める信に、なんと言えばいいんだろう。
「あらー、初クリスマスやったなら、信に鼻付メガネば買うておけばよかったねぇ。来年は用意しておくけんね」 太郎の母親が笑って言う。
「?鼻付メガネっち、なんね」
「信、ちゃんと断らんと、お母さん本当に買うてくるとよー」
「だけん、鼻付メガネっち、なんね?」 信がナチュラルに遊ばれてる。
 東京で音楽ん仕事ばしとったころのクリスマスパティーは楽しかったよなぁ。みんなで楽器とか持ち寄って歌ったり踊ったり……太郎の両親が話しだして話題が東京のことになると、いつのまにかいつものように匡幸が話の中心になり、太郎が横で相づちをうつスタイルになった。信もいつものように、黙って話を聞いている。
 そういえば、自分がいないときに2人が何を話しているか、観察に来たんだっけ。これじゃダメだな。
 
 夕食後、匡幸が風呂から出てくると、太郎と信がテレビの前に並んで座っている……チャンスだ。そーっと後ろから近づいてみると、旅番組を観ているようだ。
 太郎がたまに 「魚、うまそか」 とか 「温泉、行きたかねー」 とかつぶやくのに、信が 「おまえ、ジジくさかね」 とかぼそりと答えている。なんか地味な会話だ。
「おろっ、びっくりしたー。匡幸、いつからおったとー?」
 太郎がふり向いて、飛び上がるように驚いている。
「こんなテレビ、面白いの?」
「面白いっちゅうか…うん。ちゅうか、匡幸んこつ、待っとっただけばい」
 太郎、中嶋くんの布団、運んであげんね。声が聞こえたのか、廊下の向こうから太郎の母親が声をかけてきた。
「あ、はーい」
「俺、自分で持つよ」
 隣の部屋で、太郎が掛け布団、匡幸が敷布団を受け取る。
 じゃ、信はこれ。枕。階段でこけんでね。おやすみ。
 
 廊下に出たが、布団をかかえる太郎はいかにも転びそうだ。やけに布団が大きく見えるが、足元は見えているんだろうか。
 ふいに信が、自分の前を歩いている太郎の頭に、持っていた枕をのせた。「落とすなよ。」
 両手がふさがっている太郎は、ちょっと上を見て、されるがまま枕を乗せている。
 なにをやっているんだろう。この一族のしきたりか?
 階段の下まで来て 「むぅー。こいは無理ばい」 太郎が見上げると、信がハハ、と笑って、ひょいと太郎の布団をとりあげた。太郎は頭に乗せた枕に手を添えて、そのまま階段をあがる。
 ……もしかして、ふざけてたのか。
 気がついて、「あ。」 声が出た。
 
 信って、フツーに声だして笑うんだ。
 
(続)



inserted by FC2 system