神霊狩小説A


(38)  12月22日 水天町・匡幸D

 
 
「信は高校どうすんの? 久間田の高校受けるんだろ?」
「おいは、水天高校しか受けん」
「えー、なんでさ。落ちたらどうすんの? ていうか、ずっとここにいるわけ?」
 中学を卒業したら、久間田に引っ越すのかと思っていたんだけど。信は一瞬太郎の顔を見て、畳に視線を落とす。
「……匡幸、まだ鈴木のオッサンと連絡とっとっとか」
 質問の答えが返ってこない。
「最近はあんまり。用事もないし。あ、そうだ。拝霊会の再建費用、着実に寄付が集まってるってさ。結構大きな建物になるんじゃないかって聞いたけど。そうなの?」
「知らん。」 信はうんざりしたようなため息をつく。
 後継者も決まったらしいし…という話も聞いたけど、やっぱり信のことなんだろうか。
 信も太郎も黙ってしまい、聞ける雰囲気ではなくなってしまった。
 
 ―――久間田で監視されておるとは、気色悪かけん。
 しばらくしてから信の口からでた言葉は、信なりの最大限の説明なんだろう。
 
 
 信も信なりに、いろんな事情を負っているんだな。太郎と黙ったままゲームを続けるが、頭の中ではいろんな考えがぐるぐる回っている。
「太郎。俺、家出してくるかもしれないから。しばらく置いてくれよな」
「ん? よかばってん……お父さんにあげな物言い、よくなかよ。匡幸んこつ考えてくれとるとやけん」
「考えてなんかいねーよ。俺とおふくろがじゃまなんだよ。」
 昨日の言い争いを思い出したのか、太郎は物憂げな顔で 「そげなわけ、なかよ。」 とつぶやく。もう太郎を巻き込んじゃいけないな、とも思うんだけど、太郎に否定して欲しくて言ったような気もする。
「ばってんが、実際んところ、東京に帰ったほうが将来的にはいいんじゃねーのか」
 黙って聞いていた信が、口を開いた。
「そんなこと分かってるけどさ、ずるいじゃん。信はここいることにしたのに、俺にばっかりそんなこと言うなんて」
 信だって拝霊会のことを言っているけど、本当は太郎のとこに居たくてそういう選択をしたんじゃないかな―――今日一日の信を見ていると、そんな風にも思えてきた。
「こげなとこで ぐちぐち言うても、どげんもならんこつやろうも。ちゃんと父親と話ばしてから言わんか」
「ぐちぐちって…」 こういう時は、正しいことを言われたほうが頭にくるものだ。
「あーもう、ケンカはでけんち言いよろうがー。信もなぐさめるつもりなら、ちゃんとそう聞こゆるごつ言わんとでけんばい」
 え、今のなぐさめるつもりだったのかよ。太郎に文句を言われて、信はぷいと顔をそむける。
「ケンカなんかしてないよ、いちいち過剰反応すんなよ。」
「分かったけん。ちゃんとお父さんと話ばして、そんで納得でけんかったら家出してくればよか。」
「あ、ああ」
「そんかわり、信の部屋に泊まるとよ。布団も信と一緒に寝るばい」
「ええ〜」
「……拝霊会に、部屋ば借りてやるぞ匡幸」
 だからさ、おまえら冗談と本気の区別がつかないんだよ。からかわれてるんだか何だか分からず言うと、僕は常に真剣ばい、と太郎がしたり顔で言う。
 
 
*  *  *

 
 
「正月は東京に帰るけど、お土産はなにがいい?」
「僕、もんじゃ焼き食べてみたかー。」
「あんなもん、どうやって持ってくるんだよ」
 どうでもいい話をしているうちに夜はとっぷり更けて―――と思っているうち、窓の外から人の声が聞こえてきた。蔵の人が仕事をするんだと太郎が言う。
 こんな夜中から仕事するんだ。感心しながら窓の外に目をやる。……あれ、窓の外がうっすら白い。「うわ、もう朝じゃん。日の出、見られるんじゃね?」
 
 ベランダに出ると、山から太陽が昇るのが見える。薄雲の中の朝日はたとえようもなく綺麗だ。「すげえな」 と言って、しばらく黙る。
 よし、今日はパパとちゃんと話しよう。口論になっても、自分には太郎たちがついていてくれる、大丈夫だ。今日は泊まりに来てよかった。もし万が一、東京の高校に行くことになっても、今日のことはずっと思い出に残るような気がする。きっと太郎と信も、同じように思っているはずだ―――妙に感無量になって、横にいる太郎を見る。
 太郎は、手すりに頬杖をついて目を閉じている……ん?
「おい太郎。寝てんのか?」 信のほうを見ると、信も壁にもたれかかって目を閉じている。
「なんだよ、おまえら、寝てんの?」
「……眠いんだよ」
「えー、冗談だろ。」
「きさん、今、何時やと思っとっとか」 信の目がすわっている。まずい。
 太郎を引きずるように部屋に運び、昼すぎまで爆睡した。
 
 
 夕方そろそろ帰ろうかと思ったころ、意外なことに父親が車で迎えにきた。
 
(続)



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