神霊狩小説A


(35)  12月22日 水天町・匡幸A

 
 
 翌日。月曜の朝
 
 教室で道夫と話をしていると、登校してきた信がまっすぐ匡幸のほうへ歩いてきた。
 声をかけようと顔を見た瞬間 「おまえ、太郎になんぞしたか」 匡幸の机に片手をついた威圧的な態度に、隣に立っていた道夫が固まっている。
「なんぞって……なんだよ。太郎どうかしたのか?」 信、目がマジじゃん。
 信はなにも答えず、横目で道夫を見てから自分の席に不機嫌なようすで座った。やっぱり太郎、気にしてるんだろうか。信にどんな風に話したんだろう。
 
 独りになりたくて廊下を歩きながら考えていると、太郎がB組の生徒といるのが目に留まった。太郎と接点のないはずの奴が、しきりに話しかけているようだ。
「大神って、いま古森んがたいおるとやろ? あいつ、家にいる時どげな風ね?
なんや、お経ば唱えたりしとると?」
「…そげなん、するわけなか。」
  太郎が 『イヤなことを言われてるのを我慢している』 ときの顔になっている。
「あ、それ、俺も疑問だったんだよねー。おまえらって、家でなに話してんの?」
  いきなり声をかけられて、二人の視線が匡幸に移った。「いっぺん観察に行きたいと思ってさ。今度、道夫と泊まりに行っていい?」 「は?」 「てなわけでさ、観察結果は今度報告してやるよ」
 匡幸が入ってきたせいで劣勢になったと思ったのか、B組の生徒はそそくさと離れて行った。去年、引っ越してきたころ太郎にさんざんイヤな顔させたのは自分だけど、他のやつにされるのは許せない。
「ありがと、匡幸。」
 夏の事件のあと、新学期になっても、意外と拝霊会のことを訊かれずにおったんやけどな―――太郎がうつむき加減に言う。
「そりゃそうだよ、太郎には信がついてるんだし」
「ついてるっちゃ、なんね?」
「つまり、信がお前の家にいて、信は拝霊会の跡取りだと思われてて、この学校にも家が拝霊会の信者っていうのが、まだ結構いるってこと。ま、さっきのやつの家は無関係みたいだけどな」
「うちは、拝霊会やなかよ」
 知ってるけどさ。巫女の格好でテレビに映っておいて、拝霊会がらみだと誤解するなってほうが無理な話だろう。
「というわけで、週末泊まりに行くから。あ、週末は信、いないんだっけ。」
「え。ほんとに来るとね?」
「じゃ、せっかく明日休みなんだから、今日学校帰りに行くよ。信も祝日の1日くらい、久間田に帰らなくてもいいんだろ?」
 べつによかばってん…なんも特別な話、しとらんとよ。太郎は考えるように言うが、いいんだ、なんとなく今日は太郎と話したいだけなんだから。
 
 教室の前で 「お父さん、どげんね」 太郎が訊いてきた。親子喧嘩に巻き込んでおいて心配されるのも、罪悪感を感じるな。
「昨日、親父ラボに泊まりで帰ってないんだ。それよか、信だよ。」
 匡幸の目線の先を追って 「…機嫌悪かごたるねぇ?」 太郎が小声でささやく。
「は?太郎となんかあったんじゃないの?」
「なんもなかよ。だって僕、なんや匡幸んこつ気になっとって、昨日から信とほとんど口ばきいとらんけん」 口きいとらんけんって――――悪気がないってのも、すごいな太郎。
「いいから、信にちゃんと説明しておけよ。一晩中あんなんだったら嫌だよ」
 小首をかしげて、太郎が信のほうに歩いていく。今夜の話をしているらしく、信の目が一瞬匡幸に止まった。太郎がまた心配するように小さな声で訊いている。
「信、匡幸とケンカでもしたと?」
 なんて言うか、ほんとにすごいなぁ太郎。
 
(続)

 




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