神霊狩小説A


(20) 11月 水天町・良弥のギター
 
 
 11月の酒蔵は忙しい。
 土曜の夕方。太郎が匡幸の家から帰ると、ちょうど両親が数人の客を見送っているところだった。
 新酒を地方情報誌に紹介してもらうため、出版社が取材にきたらしい。
「蔵と、おいの部屋の写真も撮られたとよ。ジャズマニアん蔵元っち書かれるかもしれん」
 母親について父の部屋をのぞいてみると、それらしい様子で日本酒やジャズの本、レコードなどが出してある。先に分かっていたら匡幸を呼んで、撮影するところを一緒に見たのに。
 母が食器を持って台所に戻った。一緒に出ようと思ったところで、ギターが目に留まる。あれ、信にあげたやつっちゃなかか。
 太郎の目線に気がついて 「ああ、こいは俺んたい。写真に撮ったとよ」 父が言った。
「そういえばお父さん、ギターやっとったっち言うとったね。」
 ああ、もうほとんどやっとらんけどね。持ち上げて、無表情に弦の音を合わせはじめる。
 ピーン、ピーン、と弦を弾く音だけが部屋に響く。
 
 どうして自分は父の趣味もなにも知らなかったんだろう。父のことは好きだけど、お互いどこか距離をおいているように思われる。
「お父さんさ、信んお父さんと仲良かったっち、なんでこの間まで言わんかったと?」
「んー……なんでかね」
 それでも信の父親が犯人ではないか、と言われるたびに否定してきたのは父だ。だから太郎だって、信になんの疑いもなくそう言えていたのだから。
「どうね、太郎も弾いてみるかね。」
「あ…うん―――でも僕、指短いばってん…」
 言ってる間にギターを持たされる。
 椅子に座ると後ろから父が太郎の手を取って、ギターの持ち方と手の位置を教えてくれる…のだが、なんだか緊張してしまう。
 前に回りこんで、今度はドレミの位置を教えてくれた。弦をちゃんと弾くのは意外と難しい。ピーン、ピーン……
 
「お父さん、さ…」
 前から訊いてみたかったことがある。今なら訊けるかもしれない。
「んー?」
「お父さんも、カウンセリング受けたこつ、あるとね?」
 母と自分が10年以上苦しんできたのに、父はなんともなかったのだろうか。
「誰かに、聞いて欲しかったこつ、なかったとね」
 娘を亡くし、友人に疑いがかかった上に、頼りになる家族もなく……辛くなかったわけはないだろう。
「ちゃんと曲ばやろうち思うんなら、コードで覚えたほうが早かよ。」
 太郎の話に興味はないのだろうか。ギターのことしか答えない。
 しょせん子供の言うことなんて、気にならないのか。
「人差し指はここ、中指はここ、薬指はこっちを…」
「え、え、ちょっと、待ってん」
「人差し指動かさんと、薬指でここば押える」
「えー、うまくいかんとよ」
「だけん、薬指を……ふっ」
 ふっ?
「す、すまん」
 父が口に手を当てて、笑いをこらえている。
「太郎、おまえ、手、小さか…」 言いながら笑い出してしまった。
「だ、だけん、言ったやなかー」
 ははは、と笑っている父が、涙をぬぐっているのに気がついてドキリとした。
「お父……」
 あー。おい、笑い上戸やけん、笑うと涙でるとよ。口元を押えて言った。
 
 はあ、と1つため息をついて言う。
「父さんな、たぶん太郎が思っとるほど大人やなかよ。だけん…誰かに聞いて欲しかったこつ、山ほどあったと。口に出すんも辛くて言えんこつもあったと。」
 ああ。また深く考えずに訊いてしまった自分が情けなくなった。
「ばってん、言わんでも太郎が分かってくれとるけん、もうよか。」
 
 自分なんか、父のことはなにも分かっていないだろうに。ギターだってもっと弾けたら父を喜ばせてあげられたのかもしれない……
「僕ん指も、信んごたる長かったらよかったのに」
「お、太郎は信にあこがれとっとね。」 そう――でもないな。
「太郎ん手は、おいの手の形と同じたいね。」
 父も指が長いわけではないが、がっしりと大きな手をしている。
 強くて暖かい手だ。父そのもののようだ、と思った。
「僕も、お父さんみたいになれるやろか」 自分の手を見て、ポロリと言った。
 
 あ、と思って父の顔を見る。
 真剣な顔で太郎を見ていたようだが、目が合うと少し照れたようすで
「そげんやったら、もっとメシ喰わんとなぁ」 太郎の頭にポンと手を乗せた。
「もー、太りたいっち意味やなかよー」
 父がまた笑った。
 
 ―――今度は涙が出ていなかったので ホッとした。




※「良弥のギター」はキリ番500時のリクエスト「太郎の父子」テーマで書かせていただきました♪
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