神霊狩小説A


(26)  11月1×日 雪の水天町
 
 
 水天町に初雪が降った。
 
 11月の雪は20年ぶりということで、太郎たちにとっては初めての出来事だ。
 太郎の母親が石油ストーブを用意してくれた。 「とりあえず1つしかないけん、あんた達、今夜は一緒におってね」
 太郎が信の部屋にやってきて、畳に寝そべって宿題をしている。信も机で宿題をする。自分一人だと絶対にやらないが、受験を気にする太郎がうるさく言うので仕方がない。
 ストーブの上ではヤカンが湯気を上げている。
「B組って、もうこのページ終わったと?」 宿題の範囲を指して太郎が言う。
「今日やったけん、このまま答え写せばよか」 と言ってみたが、それはいかんばいと断ってきた。意外とマジメだな太郎は。
 
「んー、問2どげんして解くとよ」
「あ? X=Yの線を一本引いて…」 結局は解き方を訊いてくる。
 
 しばらくすると、太郎がやけに静かになっているのに気がついた……畳の上で
うたた寝しているようだ。
 なんだかおかしな匂いがすると部屋を見回すと、ヤカンの横に焼けて黒くなったミカンが見えた。手に取ってみると、熱さで皮がパンパンに膨れている。
 どうしてこんな物をストーブに乗せたんだ。
 寝転がっている太郎の横に しゃがんでしばらく顔を見ていたが、動く気配もない。ぴと。あまり熱くなくなったのを確認してから、ミカンを太郎の顔にあててみた。
「む… 温(ぬ)くか。」 太郎が目を閉じたまま言う。
「起きとったとね。」 太郎の目がゆっくり開いた。「暖かくて なんや気持よかったけん、ちょびっと目ば閉じとっただけったい」
 
 太郎が焼けたミカンを手に取って、パカッと半分に割ると 湯気があがった。
「はい、信。」 片方を差し出す。 『はい』って何だ。喰うのかこれ? 「いらん。」
 太郎はまさか拒否されると思ってなかったのか、信を見て、半分こになっているミカンを見る。でも、美味しかよ。と小さく言った。いや、たかがミカンで しょげるか太郎。じゃあと言って受け取ったが、どう見てもただの熱いミカンだ。
 太郎がじっと見ているので1房口に入れてみたが、なんとも言えない食感だ。
「な、うまかろ」 笑顔で訊かれて 「いや…まあ。」 うやむやに答える。
 信がとりあえず同意したのに満足したのか、太郎も焼きミカンを食べはじめた。隣で美味しそうに食べているのを見ていると、意外とそう不味くもないかな、と感じてくる――人間の味覚なんて、いいかげんなもんだ。
 
 太郎が次は何を焼こうかと言うので、もう何もいらんと答えたら、ポケットから銀杏を出してきた。
 
 太郎がストーブの上で、ちまちまと銀杏を転がす。冬眠前のリスだな、こいつ。



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