神霊狩小説A


(37)  12月22日 水天町・匡幸C

 
 
 信の部屋に入ると、太郎が自分の部屋から布団を持ってきた。
「ストーブ一個しかなかけん、信がおる時はたいがいこっちで寝とるとよ。」 丸めたままの布団に腰掛ける。「昨日はなんや匡幸んこつ考えとるうちに、自分の部屋で眠ってしもうたばってんが」
 ……信、もしかしてそんなことであの態度になってたのかよ。
「太郎さ、あんまり俺のせいでいつもと違うことすんなよ。」
「なしねー?」
「いや、信が不機嫌になるから。」
 太郎は布団の上に座ったまま、信をじっと見る。
「あ、信。寂しかったと?」
 ぼすっ。信が投げてきた枕が頭に直撃した。
「いいかげんにせんか、匡幸」
「ほらーっ、なんで俺が怒られるんだよー!!心配させるなって意味で言ったんじゃんか!」
「ちょっと、ケンカはやめんねー。どげんしたとよ? いきなし」
 どげんもこげんもあるか。太郎がおかしなこと言うからだよ。
 責められているのに 「僕、なんも言うとらんと。」 太郎はまるで、とばっちりで怒られているかのような顔をする。
 
*  *  *

 
 さて寝るまで何しようか、と見回すが、テレビもない部屋だ。
「いつも2人でなにしてんの」
「匡幸はしつこかねー。どうでもよかやん、そげなん。ちいうか、僕らそんなに話せんとよ」 ねぇ信、と言いつつ、机の上から木の板を持ってくる。
「最近はこげなゲームばしよると」 いくつもの穴の開いた板と丸い玉があるだけの、簡単なボードゲームだ。
「面白いのか?」
「うん、テレビゲームもよかばってん、こげんゲームんほうが、ぼつぼつ話とかしながらできるけん。悪くなか。匡幸もやってみんね」
 話しながらって、だから何の話してんだって聞いてんじゃん。信も気がついてるのか、黙ったまま太郎と匡幸を交互に見ている。
「俺さぁ、なんかクラゲと話してるみたいな気分になってきたよ。信って、意外と気が長いんだな」
「まぁな。」
 え〜……誰がクラゲね……太郎はもう畳の上のゲームに気がとられてしまっているらしい。ほらほら匡幸、ルールん説明ばするとよ。
 テレビゲームでオセロとかやったことはあるけれど、実際に2人でやるのは感覚が違うものだ。太郎の言うとおり、話しながらやるにはちょうどいいかもしれない。
 
 太郎、太郎。廊下から声がする。太郎がゲームから目を離さずに考え込んでいるので、信が立ち上がって戸を開けた。すぐにペットボトルのお茶とお菓子を持って戻ってくる。
「父ちゃんが、どうせ夜中起きとるとやろっちゅうて。」
「ん…ありがとう」 太郎はあいかわらずゲームを見たままだ。おいに言うてどうするか。明日、父ちゃんに言いないや。信がたしなめる。
「信、『父ちゃん』 なんだ。」 夕食の時からずっと思っていたけど、『父ちゃん』『母ちゃん』 なんて本当の子供みたいだよな。
 信はお菓子を畳に置く。「べつに。『太郎の父ちゃん』 ち毎回言うとは面倒やけん、そんだけんこったい」 気まずそうな顔を見て、言わなければよかったと後悔した。
「んー……じゃ、なして僕んこつ、『お兄ちゃん』 ち言うとね……あ、匡幸、そこは駒ば置かれんとよ。」
 ことん。太郎が自分の駒を動かす。
「……………」
「……………」
「おい、太郎。匡幸、目が点になっとるぞ」 沈黙に耐えかねたか、信が声をかける。
「ん? ああ、冗談ばい」
「やめろよもう、太郎は本気と冗談の区別がつきにくいんだよ。」
「ぬしは、クラゲになんば期待するとか」
「え〜…誰がクラゲね……」
 クラゲとの会話は無限ループだ。
 
(続)



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