神霊狩小説A


(28)  11月2×日 水天町・古森家


 
 
 夜中、太郎の声で目が覚めた。
 
 はっきりと聞こえたわけではないが、隣の部屋から小さく声が聞こえる。信、と呼んでいる。
「おい、太郎?」 ドアを開けると、太郎が布団の上に座り込んで、自分の足を押えている。「おい、どげんしたとね」 様子がおかしい。
「痛か」 信を見て、泣きそうな顔で言う。
「あ?」
「信。足が、痛か。」
「痛かち、どげん痛かとね。」 しゃがんで聞くが、太郎は痛い痛いと言うだけで、何も答えない。
 一瞬、加畠が何かしているのかと疑ったが、部屋の中に自分達以外のものが『いる』気配はない。
「ちょっと、待ってろ。父ちゃん呼んでくるけん」
 
 
 太郎は朝から病院に行くことになり、一緒に車に乗った信は、学校の前で降ろされた。
 昼すぎになって匡幸が、太郎がいないことに気づく。
「あれ、今日、信一人なわけ? 太郎どうしたよ?」
「…知らん。」 知りたいのはこっちだ。
 授業のベルがなって、そろそろ太郎は家に戻っているだろうか……窓の外を見て考えていると、視界の隅に匡幸が入った。後ろを振り返って、信に向かって手をヒラヒラさせている。授業中に何をやっているんだあいつは。
 一生懸命指をさしているので前を見ると、担任と目が合う。
「ああじゃあ、代わりに中嶋。前に出ろ」 匡幸が言われて、えっという顔で立ち上がる。
 ―――どうも自分が呼ばれていたらしいが、シカトしたように思われたようだ。
 黒板で数式を解いた匡幸が、振り返ったついでに信に対して口パクで文句を言ってたように見えたが、よく見ていなかったので腹も立たない。
 
 
 学校が終わって古森家に帰ると、ちょうど太郎の母親が玄関にいた。
「あ、信。おかえり」 はあ、と拍子抜けした返事をしてしまう。
「太郎、なんともなかったけん。成長痛やろうち言われたとよ。たいしたこつなかったばってん、信、びっくりさせてごめんね」
「おい?」
「昨日、太郎よか信のほうがおろおろしとったでしょ」 からかう風でもなく言われた。
 
 居間に入ると、太郎がケロリとした顔で、おかえりと言う。
「もうなんともなかね」
「また痛くなるかもしれんち、言われたばってん」 今はぜんぜん痛くなか、と答えた。
 成長痛なんて、もっと子供の頃になったと思ったが。太郎はいったい、自分の何歳のときの身長なんだろうか。
 自分の時はどうだったろうと思い返す。たしか小学生のころで、夜中にそのまま車に乗せられて……祖母が医者を叩き起こして、無理やり診察させたのだったか。
「信、なんか怒っとると?」
 黙って太郎を見たまま考えこんでいたので、誤解したようだ。
「ごめん、もうこげなこつで夜中起こしたりせんけん。」 困ったように言う。
「……チビが」
「は?」
「チビが、一人前につまらんこつば遠慮しとったら、怒るぞ」
「ちっ……信、言っちゃでけんごつ、思いっきし言うたとねっ」
「せからしかっ」
 後ろにいた太郎の母親が 「あんた達は、ほんなごつ仲良かねぇ」 言って笑った。
「お母さん、今、僕が言われたごつ、ちゃんと聞いとったとー?」 
 聞いとったけん言うとにねー信。と言われたが、返事のしようがない。
 

 
 翌朝。学校へ行く途中で、匡幸と一緒になった。
 太郎の成長痛を聞くなり 「えー、太郎、大きくなっちゃうのかよう。お兄さん寂しいなぁ」 肩に腕を回して、太郎に嫌がられている。こいつは朝から元気だ。
 信があきれ顔でいるのを見てから、太郎に言う。
「太郎さぁ、あんまり学校休むなよな」
「? なんね?」
「おまがいないと、信、機嫌悪いんだよ」
「あ、ごめんごめん」 …ちょっとは否定しろ太郎。



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