神霊狩小説B


(60) 建国記念日・水天町



 
 
「信。車とってくるけん、ここで待っときないや。」
 拝霊会の玄関で、太郎の父親が言う。
 
 駐車場の方向に歩いていく背中を見ながら、加畠も黙ったまま横顔を向けて立っている。
「……なんば、たくらみようとね」
 加畠は ほんの一瞬目をこちらにやっただけで 「なんのこつですか。」 いつもの棒読みのような声で答える。
 本家に行って以来、加畠と話をすることは まったくなくなった。太郎の父親は、わざと二人きりにしたのかもしれないが、普通の会話なんかできるはずもない。
「なしておいば、放し飼いにしようとか。本家におかしなこつば たくらんどるんや、なかやろうな」
 お互い、顔を見ないで話をしているのだが、加畠がふっと失笑をもらしたのだけ分かった。「……人聞きの、悪か。」
 本家が分家を擁護しようとは、当然のことでっしょうもん。
 いかにも付け足しのように続けた言葉は、太郎の父親が言ったセリフだろうか。
「分家が本家ば助けるのも、同じ。よけいな詮索は されんほうが、よかですよ。」 切り捨てるような言いように、言ってやりたいことも口から出てこなくなる。
 
 
 *  *  *

 
 
「おい。太郎??? 寝るなよこら。」
 匡幸が太郎の体を揺する。玄関からやってくる足音に気がついて参考書から目をあげると、マジメに勉強をしていると思った太郎が、ぺたりと机につっぷして居眠りをしていた。肩を叩くと、目を閉じたまま体を起こす。
「ほら、信 帰ってきたんじゃないか?」
 廊下の足音は、いったん手前の部屋に入って、すぐこちらの部屋にやってくる。
 
 カチャ。戸が開いた。信の目線が、匡幸をとらえる。
「ここで、なんばしよるとか」
 ……開口一番、それか。
「おまえらの勉強、見に来てやったんだよ」
「太郎、寝とるやなか」
「ほら、起きろよ。たろー。」 さらに体を揺すられて、太郎の目が開いた。
「太郎。母ちゃんが、メシば取りに来いち言うとったぞ。」
 あ、もうお昼か。ちゃんと起きてるのか分からない様子で言うと、のろのろと太郎が部屋から出て行く。
 
 
「拝霊会、行ってたの?」
「……。」 質問が悪かったのか、信は横目で匡幸をにらむ。太郎がいないと、三割増しで無口なんだよな、信。
「家ば建てなおすけん、間取りの相談に行っとっただけだ。」 匡幸から目をそらした信は、遠慮なく不機嫌だ。「太郎の父親が、自分のことば人に決められるのは面白くなかやろうっちゅうて、話し合いの時は、おいも連れて行くことにしとるけん。」
「そうか、太郎のお父さん、しっかりしてんだな。」
 信は何か言おうとして、思い直したように口を閉じた。いつも思っていることを言ってもらえないのも、気持ちよくないものだ。匡幸は信が口を開くのをじっと待つ。
 信はそれに気がつかないふりをしていたが、沈黙に耐えかねたようだ。
 
「本当のところ、最初の話し合いには行っておらんけん… 本家が、どういう条件でおいを預かることにしたのか、分からんままばい。」
 意外なことを聞いた気分だ。信ってそういうこと気にしながらここにいるんだ。
「……いいじゃん、親戚なんだしさ。信だって、拝霊会よりここにいたいんだろ?」
 また怒らせたかな、と思うほどの沈黙のあと 「本家が、おいにここにおれっち言うけん。」 ぽそりと信の口が動いた。
 それから何か言うのかと思って待っていたが、信は いらないことを言ったというような顔で、そのまま黙ってしまった。
 
 ここにいて、一緒に暮らそう。太郎の家族はそれを普通に言ってくれるんだろうな。そして信は、それが嬉しいんだろう。
「なら、いいじゃん。太郎たちがそれでいいって言うんなら。気にしなくても。」
「ばってん…おいは、普通の人間とは違うけん。」
 どうも話がよくつかめない。自分の中の拝霊会の血を嫌がっているんだろうけど、それでここに迷惑をかけるとか思っている…そういうことなんだろうか。
 
「信さぁ、もし俺が太郎を殺そうとしたら、怒る?」
「は? おまえ、なに…。」
「怒るだろ?」
「……。」
「いや、おまえ前にさ、『なんで人が人を殺しちゃいけないのか分からない』 とか言ってたからさ。今はもう違うんだろうって言いたかっただけ。」
 大丈夫、お前はもうちゃんと “普通” だよ。そう続けようとした時、太郎が階段をあがってくる足音が聞こえた。
 信は立ち上がると 「太郎に、つまらんこつ言うなよ。」 言い放って、ドアを開ける。
 
 
 …ことことこと…。
 
 ストーブにかけた鍋の中で、シチューが音をたてている。
「おまえらさ、ストーブもうひとつ買ってもらわないわけ? 冬中ずっと一緒にいるの不便じゃないの?」
 太郎は信の顔に目をやってから 「べつに?」 あっけなく答える。「どっちにしろ、一緒におるような気がするけん。」
「あ、そう。」 太郎たちを見てると、なんだか自分も兄弟が欲しくなってくるな。
「ん、信。僕、匡幸が今日来るっち、昨日ちゃんと言ったとよ。忘れとったと?」
「…知らん。いつ言うた。」
 太郎は信に答えるついでに匡幸に話す。
「昨日、夜中に目ば覚めてから、ずっと信と話ばしとったとよ。外が明るうなってきたけん、もう起きとろうっち思った瞬間に、眠気に襲われたと。」
「おまえ、最後んほう寝ぼけてわけの分からんこつ言うとったけん、どれが本当のこつか分からんやったじぇ。」
「うそ。そげんこつ、なか。」
「『布団の隅に河童が立っとるけん、山い逃げろ』 とか言うとったんは、正気か?」
「あはは。そりゃぁ、怖かね。」
 信も、太郎みたいのが相手だと、牙の出しようもないんだろうな。二人の会話を聞いていると妙に納得してしまう匡幸だった。
 
 
  *  *  *

 
 
「匡幸帰ると、急に静かになるとー。」
 玄関まで見送りに行っていた太郎が、部屋に入ると感心するように もらした。返事もせずにいると、少し気まずい顔をする。
「んと……。信。いま、一人で おりたか? おりたくなか?」
 信はチッと舌打ちをして、眉間のシワを濃くする。
「……なか。」
 安心したように信の横に座ってくる太郎といると、不機嫌な顔をしているのもバカバカしくなってくる。匡幸といい太郎といい、なんでこう自分を甘やかしてくるんだろうか。
 
「つまらんこつ、言わすな。」
 ぽつりと言うと、太郎は嬉しそうに聞こえないふりをした。
 
(終)



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