神霊狩小説B


(45)  1月3日 久間田A


 
 
 太郎が慧の家に行く間、近くの水路の石段に座って待つことにした。
 太郎が久間田に来るのは、あの事件以来か。水の流れを眺めていると、いろんなことが思い出されてくる。
「じっちゃん、前よか元気ごたるけん安心したばい」
 10分ほどで太郎が戻ってきた。隣に腰掛けて、「これ、信の分」 みかんを渡してくる。
 もらったのが 『お年玉』 ではなく 『みかん』 か。太郎のほうは本当の身内のようになついていても、向こうから見るとあくまで “次期蔵元”なんだろう。
 
 酒蔵は正月に関係なく動いているようだ。生き物相手の商売っちやつやね、と太郎が言う。本家にはいろんな人が挨拶に来て、太郎の両親も忙しいらしい。
「休みもあと3日たいね」 太郎が指を折って数える。学校は1月7日からだ。
「あさって、そっち戻るけん」
「え? よかよ、6日の夜で」
「ばってん、休みの間、何も手伝いできんかったけん」
 太郎は少し考えて、別に手伝うこともないから、と答える。
 やっぱりか。太郎の親は信によく手伝いを頼むが、それは説明するほうが手間のかかることが多い。ただ信に “必要とされている” と思わせるように頼んでいるのだろう。
 ちゃんと戻ってくるとやったら、ゆっくりしてくればよかよ。またしばらく週末しか会えんごつなるんやけん、お母さんとおったらよか。水面を見て太郎が言う。
「…太郎」
「ん?」
「おいは、自分のやりたかごつやっとるけん」
「?」
「なんも無理なんかしとらんけん。もともとこっちの都合で置いてもろとるとやけん。おまえん家が嫌やったら、戻るとか言わんばい。おいは、おまえごたるお人よしや、なかけんね。」
 一気に言うと、太郎は意味がわからないような顔で信を見て、思い出したように、さっきの話…と言いかけて口をつぐんだ。
 
「そ、か。」 水面に目線を戻して、小さく言う。映り込んでいる空がやけに青いのに気がついたように、視線を空に移して―――にま、と笑顔をつくった。
「匡幸がくさ」
「匡幸?」
「DVD貸してくれたとよ、なんや怖かやつ。ブレアウイッチ・プロジェクトとかいうの」
「ああ?」
「あさっての夜、あれ一緒に観ようよ。僕、ひとりじゃ観られんけん」
 匡幸は太郎が苦手な恐怖物ばかり貸してくるが、なぜ断らないのだ太郎。
「…観てやってもよかが、もう夜中、トイレばついて行かんぞ。」
「えー?」
「こないだおまえがギャーギャー騒ぎよったけん、母ちゃんに怒られたけんね。」
 太郎は記憶をたぐるようにしばらく信の顔を見て、「あれはっ!信が! 僕、怖いち言いよるとに、トイレん電気ば消したりするからばい!」 いきなり顔を赤くして言う。
 あん悲鳴は、すごかったなぁ。信が笑うと、今度やったら本気で怒るけんね、と信をにらむ。あれだけ騒いでいて、怒ってなかったのか。
 
 ウ〜〜〜♪
 町内に5時のサイレンが鳴った。太郎がもう帰らんと、と立ち上がる。
「また夜、親戚が見ゆるけん、早く帰れち言われとるとよ。」
「…そうか。」
 太郎をバス停まで送ってから家に帰った。
 
*  *  *

 

「太郎さんは?」 店の入り口で母親に聞かれた。バスに乗せてきた、と言うと残念そうに 「…そう。」 と言う。カウンターには二人分の食器が並んでいた。
 
 太郎の分の食器を片付けながら、母親が、あんたは幸せもんたいね、とつぶやく。
「なんのこつね」 言ってみたが、薄く笑みを浮かべるだけで、なにも答えない。
「…あいつ、外ヅラはよかばってん、結構手がかかるとよ」
「そげんね、よかねぇ。」
 どうしてそうなるんだ。
 
 6時をすぎると客が来るので、カウンターで早目の夕食を済ませて二階にあがる。部屋に入って上着を置くと、ポケットからみかんが出てきた。
『ちゃんと帰ってくるとやったら…』
 丸いみかんを見ていると、太郎の声が聞こえてきた。
 
 あのバカ、もしかしてまたくだらない心配をして、様子を見にきたんだろうか。
 
 しょうがなかけん、あさっては早めに帰ってやるか。
 心の中でつぶやくと、みかんがにこ、と笑ったように見えた。 
(終)



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