神霊狩小説B


(47)  1月5日 水天町・古森家A


 
 
「な、な、信ってさ、『ひよこ』 どこから食べると思う?」
「お尻じゃなかやかね、僕はお尻から食べるばい」
「えー、俺は頭だな」
 じゃあ賭けようか。匡幸の提案に、太郎が乗ってきた。負けたほうがホラーDVDを観て、結末を教えることにする。
 
 待っているのに、信がなかなか太郎の部屋に来ない。これは“脅し”を実行すべきだろう♪
 
 太郎の母親につかまって、持ち帰った荷物の整理をすませた信が太郎の部屋に入ると、誰もいない。――― 畳の上に、紙が置いてある。
  『 太郎は、いただいた 』
 じっと紙を見つめた信が、すたすたと押入れの前まで来ると、ふすまを開けた。ガラ。
「あ、あれー。なんで分かったわけ?」
 匡幸と、匡幸に手で口をふさがれた太郎が、押入れの中で丸くなってしゃがんでいる。
「なんしとっとか。」 信はぶぜんとした顔で、2人を見下ろす。
 太郎が、匡幸の手をはがして 「ほらー。ここはでけんち、言うたやなか」 ごそごそと押入れから出てきた。
「ここ、僕もう2回隠れたこつ、あるとよ」
「なんだよ、いつもこんなことしてるわけ?」
「信が久間田から帰ってきよる時、ときどき隠れてみるけんが。ベランダん裏とかにも隠れるばってん、信、すぐ見つけよると。」
 なんだか楽しそうだなぁ。
「あ、じゃあ信、本当に太郎が部屋にいないときでも、押入れとか開けて探しまわってたして。」
「あはは。それはなかよー。」
 笑ってる太郎を横目で見て、信は面白くなさそうに窓のほうに目線を移す。
 やったことあるんだな…信。
 
「おまえん母親、人の顔ば見てビビるくせ、なんとかならんのか。」
 話題を変えようとしたのか、信がこっちに文句をつけてきた。そんなこと言われても、拝霊会のことなんか言われたくないだろうし……太郎に目くばせでSOSを送ってみる。目が合った太郎は信を見て 「信、顔、怖かけんね。」 当たり前のことのように言った。
 おいおいおいおい。せめて笑顔で言え太郎。信がこっちをにらんでるって。
 匡幸がお土産くれたとよ。太郎は匡幸がにらまれているのに気もつかないようすで、信に 『ひよこ』 を渡す。
「おまえ。東京でわざわざこんなもん…」
「いっ、いいじゃん。ほら、太郎に似てるし。可愛いだろ?」
 言われた信は、『ひよこ』 を見て、太郎をじっと見る。
「……共食いか。」
「えー。似とらんけんー。」 太郎が否定する。似てないつもりなんだな。
 
 3人で畳に座って話をしながら、さりげなく観察する。が、信はなかなか食べようとしない。
 そうだ、お茶いれてあげるばい。太郎が持ってきた急須から、湯飲みにお茶を注ぐ。湯飲み2つしか持ってきとらんけん、匡幸、先に飲んでよかよ。
 くしゃくしゃ。太郎からお茶を受け取った瞬間、音がした。信がひよこの包み紙を丸めている。
「あーっ」
「ああーっ!」 2人同時に叫ぶ。
「なんね。」
「なんで見てない時に食べるんだよーっ。どっちから食べたよ? 頭? しっぽ??」
「お尻から食べたとやろ?」 2人して信に詰めよる。
「おまえら、またそげなこつ……」
「えー、教えろよ。頭だろ?」
「お尻! お尻!」
「どっちでもよかやろ……変態か、おまえら。」
 自分でもつまらないことに騒いでると思う。でもこいつらといると、こんなことでも楽しくてしかたがない。
 
「くだらんこつば言っとらんで、湯飲みよこさんか。」
「『お尻』っち言うたら、あげるけん。言うてんない。」
 太郎と信が、犬の調教状態になっている。
「ずるいぞ太郎。そんなことしてて、信、ごはん食べてるとき太郎のお母さんに 『お尻』 とか言うようになったらどうすんだよ。」
 笑いながら言ってみたが、太郎と信は、ぽかんとした顔で匡幸を見ている。
 こいつらって、こうテンポのゆるい所も似てるんだよな。
 
 
「あさってからまた学校かー。めんどくさいな。」
 口に出してみたが、また毎日こいつらに会えると思うと、それほどイヤじゃない。
 そんな風に思えるなんて、俺ってちょっと幸せ者だ。
 

(終)



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