神霊狩小説B


(48)  1月1×日 水天町・古森家台所


 
 
 インフルエンザの影響で、学級閉鎖になってしまった。
 今日は授業も昼までで、明日から3日間の自宅待機だ。
 
「ただいまー。あれーお母さんもおらんとね。」
「朝、父ちゃんと仕事先に行くっち、言うとったやろ。」
 あ、そっか。台所のテーブルを眺めてから、信の顔をじっと見る太郎。
「あ?」
「信、おなかすいた。」
「……なして、おいに言うとね」
 なんか食べようよ、と冷蔵庫を開けるも、なにも発見できないらしい。
 
「卵かけごはん、する?」
 拝霊会では出てこなかったメニューだ。本家ではそういうものを食べているんだろうか。
「あ、そだ。信、目玉焼き作ってよ」
「だけん、なしておいに言うとね」
「こないだ、お母さんと作っとったやん」
「あれは、お前がなかなか起きてこんけん、母ちゃんにつかまって……」
「2個ずつでよかー?」 太郎はまったく話を聞かず、冷蔵庫から卵を取り出す。
 
 だいたい自分に料理なんかさせようと考えること自体、おかしいだろう。頭の中で文句を言いながらも、教えられたとおり、フライパンに蓋をして卵を蒸し焼きにしていく。
太郎が後ろからのぞきこんで来る。
「お母さん、今んうち信に料理ば仕込んで、将来僕のお嫁さんにしようち計画しとるとげな」
「……。」 じゅ〜。。。
「……。」 じゅ〜。。。
「……冗談は、冗談らしゅう言わんか。」
「あはは。本気にしたと?」
 なにが 『あはは』 だ。「母ちゃん、時々むちゃくちゃ言いよるけんね。」
「信ん反応が面白かけん、からかっとるとよ。」
「母ちゃん、サドか。」
「お母さんは、東京出身たい。」
「……。」
「……。」
「……。」 じゅ〜。。。
「? 信ー。それ、もう焼けてきたんやなか?」
「あ? ああ……。皿、持ってこんね」
 差し出す皿に、目玉焼きを乗せてやる。
「うわ、うまそか。お嫁さんに一歩近づいたごたるねぇ。」 いっぺん殴ってやろうか。考えながらフライパンを洗っていると、後ろから太郎の声が聞こえる。
「僕、今日はマヨネーズにしよっと。信んにもかけとくね♪」
 ……マヨネーズ?
 
  *  *  *

 
 なんで他人の喰いもんに、こげな勝手なこつするとね、と文句を言っているのに、「えーうまかろ?」 太郎は悪びれた表情すら見せない。目をはなした隙に、目玉焼きにマヨネーズとソースがかけられていた。
「目玉焼きば喰っとる気がせんばい。」
「ん。そういえば信、インフルエンザの予防接種、受けんやったとげなね?」
「怒りよるつに、返事くらいしやい。匡幸が言うたとね。」
「注射、怖かね?」
「……インフルエンザなんか、かかったこつなか。」
「ばってんが、去年まで…」 学校にもろくに来てなかったんだから、移りようもなかっただろう――という言葉を飲み込んだようだ。
「えーと。ほら、信、意外と色白やけんね。風邪もかかりやすかかもしれんとよ。」
「……。」 どうも太郎の 『言っていいこと・悪いこと』 のボーダーラインが見えてこない。
 黙っている信を見て 「お、怒りよると?」 太郎がおろおろする。
「お前やなかったら、とっくに殴っとるとこばい」
「……。」
「……。」
「…ふふ。」
「だけん、怒りよるとに、なにを笑いようとね」
「あれ信、なんや顔、赤くなかね? 熱、あるんやなか?」
「なかっ」
 
 実際その夜、高熱をだしてせっかくの学級閉鎖の期間を寝込むはめになってしまった。インフルエンザだ。
 
 どうりで太郎との話が噛み合わないと思った…――朦朧とした頭で考えてみたが、太郎との会話なんて、いつもあんなもんか。
 
(終)



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