神霊狩小説B


(46) 1月5日 水天町・古森家@


 
 
 匡幸が東京の土産を持ってやってきた。
 土産は和菓子の 「ひよこ」。
「えー。『ひよこ』は、九州のもんたいー。」
「なんだよ『東京ひよこ』って言うじゃんよ」
 同じものがあるのを知ってて、わざと買ってきたんだ。太郎の目が点になるのを見たかったから。
 
 一緒に来た母親は親同士リビングに残して、太郎の部屋に移動する。空気は冷たいが、天気がいいのでベランダに出た。太郎は『ひよこ』のパッケージをじっと見ながら話す。製造工場とかチェックしているようだ。
「匡幸、東京どげんやったとね? 前ん友達とかと、遊んだと?」
「別に…やなこと思い出すだけだもんな。会いたくないよ。」
「ふうん。」
 正確には、あの頃の自分を思い出すのが嫌なんだけど。
「太郎んちは、その、事件の後にさ、引っ越したりしようとか思わなかったわけ? 小学校あそこに通ったんだよな。」
 ずっと前からの疑問だ。自分が誘拐された小学校に通うの、嫌じゃなかったのかな。太郎の両親だって、つらい事が多かっただろうに。
「お父さん、ここにおらんごつなると、困る人ようけおるけんね。」
 蔵元であり、一族の本家の主たるものの義務と責任か。
「太郎は、お父さんが好きなんだな。」
 太郎は「へへ」と笑って、体育座りをしている足の指をぴこぴこ動かす。 そしてそのままなにか言いたそうに、しばらく口をつぐんだ。ぴこぴこぴこぴこ。
 
「本当は、嫌やったとよ。怖かったけん。」
 自分の足を見たまま、太郎がぽつりぽつり話しだす。
「2年生までは、毎朝お父さんが送ってくれて、3年生んなったら、ひとりで行くごつなったとよ。そいで、でも僕、いつもは見んようにしとった学校の裏口のほう見てしもうて、学校行くんが怖くなったこつ、あって……学校の前でおろおろしとったら、もうチャイム鳴ってしもうて、学校にも行けんごつなって、家にも帰れんけん、河原におったと。そしたらお父さんとお母さん、学校から連絡あったみたいで、僕んこつ、探しまわったごたる。そいで、お母さん、河原で僕ば見つけたとき、僕んこつ、ひっぱたいたとよ。僕、すごく驚いて、でもお母さんが僕より先に泣き出したけん……僕、自分より、お母さんが……。」
 太郎はもう声がつまって話せなくなってしまったようだ。膝に顔を押し当てて、息をついた。
「お母さんに叩かれたつは、それが最初で最後ばい。そん時は、ただ遊んどったら学校に行くの忘れとったっち、嘘ばついたとばってん……そん後も、朝すぐ吐いたり、熱ば出したりして、お父さんとお母さん心配させたとよ。大きゅうなってきたら、なんでもなかち顔で、朝、家ば出れるごつなれたけど。小学校卒業して中学に行くごつなったとき、嬉しかったと。」
 太郎を見ていると、“思い出すのが嫌だ”なんて言ってる自分が小さく思えてくる。
「そうか。偉かったな、おまえ。」
 背中にトンと手を当てると、太郎はようやく顔をあげて、匡幸を見る。
「…今ん話、内緒ばい。」
「内緒?」
「内緒ばい。道男にも、信にも。」
「……言わねーよ。けどさ、信にもなんて、珍しいじゃん。ま、あいつは小学校からろくに行ってなかったみたいだけどな。」
「信には、探しに来てくれる人、おらんかったとよ。」
 太郎はぽつりと言ってから、自分が口にした言葉にショックを受けたような顔をする。苦労性だなこいつ。
 可哀相になって、太郎の肩に手を回して、頭をなでる。しょんぼりとうなだれて、珍しくされるがままになっていた太郎が、「あのくさ匡幸、前から言おうち思っとったばってんが」 匡幸と目を合わせた。
「ん? なんよ」
「いつも子供あつかいしよるけど、僕んほうが、匡幸よか早う生まれとるとやけんねっ」
 なんだそりゃ。
「お前は、そういうところが面白いって言うんだよっ」
 太郎の首に腕をまわして、髪をくしゃくしゃにすると、いつものように太郎がやめんね、やねんね、と暴れる。
 
 あ、太郎が 『他のやつには内緒』 の話をしたから、浮かれてんのか。単純だな俺。
 
 
「ん、信ばい」
 ぴた、と動かなくなった太郎の視線を追うと、信が道路から中庭に入ってくるところだ。
 太郎をつかまえたまま 「まっことー♪」 手を振ってみる。
 気がついてこちらを見上げた信が立ち止まって、「な……とか」 微かに聞こえる声で言う。遠くにいる相手に対して、大きな声でしゃべる気はないらしい。
「なにって、太郎と親睦深めてんじゃんよ。早く来ないと、太郎、連れて帰っちゃうぞー」
「……。」 信が聞こえない声でなにか言ってから、視界から外れた。
 
「それ、脅しになっとらんやろうも」
 匡幸の腕から逃れようと、もがきながら太郎が言う。
「そうかねえ」
 ほら、やっぱり太郎のほうが子供じゃん。
 信だって、やっと見つけた“自分を探してくれる人”がいなくなったら困るんだよ。
 
(続)

 



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