神霊狩小説B


(59)おまけ 「2月1×日 水天町」のあと


 
 
「…寝たと?」
 しばらく黙っていると、太郎が背中から声をかけてきた。
「起きとる。」
「明日、久間田どうすっと?」
 明日…というか日付が変わったから 『今日』 は建国記念日で、学校も休みだ。
「帰らん。午前中は父ちゃんと出かけてくるけん。」
 信がこういう言い方をする時は、拝霊会に行く時だ。
 
 そっか。なら、早う寝んとでけんとやね。
 太郎が布団を信の肩まで こっぽりと掛けて、上からとんとんと叩いてくる。
「ささ、早う寝ないや。」 とん、とん、とん、とん、とん、とん…。しつこい。
「鬱陶しゅうて、寝られんっ。」
 ふふふ。背中で笑いが聞こえる。小学生の いたずらか。
「おまえだけは、ほんなこつ、おいに遠慮せんな。」
 深い意味もなく言ったが、太郎のほうは しばらく黙った。
「…遠慮して、欲しか?」
「あ?」
「うざかやったら、明日からあんまし信に かまわんごつ、するけん。」
 顔を後ろに向けると、太郎は丸い目でこちらを見ている。
 
。。。ぎゅううううう。。。
 
 そのまま体を倒して、背中で太郎を押しつぶしてやった。
「うわぁ〜。重たかぁ。(笑)」
「気色悪かこつ、言うけんたい。」
 体重をかけるのを止めると、今度は背中がくすぐったい。太郎が指で背中に文字を書いてきている。
 『へへへ。』 声に出しながら書いてるんだから、もう何がしたいのか分からない。
 
 
「あのくさ、今日あった英語の小テストでくさ、回答ば順番に読んでいくと文章んなっとるとがあったとよ。」 太郎は雑談に入ったようだ。「『サクラサク』 やったけん、途中で気がついてラッキーやち思いよったら、本当は 『サクラサケ』 やったと。先生、引っかけしよらしたげな。B組も、同じテストやったとやろ?」
「それ、たぶん明後日やるやつばい。」
「おろー。まだね。え…えー? 僕、いま答え言うてしもうたやなかー。わ、忘れんね。」
 背中をぐいぐい引っぱってくる。
「いくらなんでも、答えの順番ぐらい入れ替えて持ってくるとやろ。ぬしんごたる奴もおるとやけん。」
 むぅー。信の背中に頭をつけて うなった太郎が 「そいでくさ……」 と言って、止まった。
 また後ろを見ると、眠ったわけでもなく ぼんやりしている。
 
「そいで、どげんしたとね?」
「ん? 信、そろそろ眠かやろ? 僕ん話、べつに今せんでんよか…たいしたことなかやつやけん。」
 それにしても、『それで』 で話を止めるというのは、タイミング的に どうなんだ。
「…よかけん、話しせんね。寝ながら聞いとるけん。」
 
そか。えっと…そいでくさ、匡幸が、……そいで……そいで……
 
 目を閉じて、太郎の話を聞く。
 太郎が眠そうな声で “たいしたことない話” をするのに、気が向いた時だけ相づちを打つ。
 
 ―――この気分は何かに似ているな。ふと考えた。
 
 ああ。猫が喉を鳴らしているのと似ているのか。
 あれも音そのものには意味がないのに、なにが嬉しいのか眠るまで ごろごろと鳴らしているものだ。
「信、なんば笑っとうとね?」
 
 ―――丸い目の猫は、時々するどい。
 
(終)




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