神霊狩小説B


(52) 2月×日 水天町B


 
 
 いつも見る山でも、別の場所から見るとまた綺麗に見ゆるとやね。太郎の父親は、あたり障りのないことを口にしてから、言葉を選ぶようにゆっくり話しだした。
「…あのくさ、加畠さんがな。信が自分の部屋をどうして欲しかか言うてこんけん、建物の設計にも入れんちゅうてな。こっちに相談してこらっしゃったとよ。だけん、信のお母さんに連絡して、一緒に話しに行ってきたと。とりあえず離れのごつ別棟にして、母屋と分けたほうがよかやなかかち思うとばってんが。どげんね?」
 どう返答すればいいのか、分からない。戻ることを考えたくもなかったから、部屋のことも頭から消していたのに。
 そして、拝霊会に戻る準備を、この人にされていたのがショックだった。
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「おいは、邪魔ならすぐ出ていくけん。」
 会話がつながっていない。気持ちが高ぶってしまい、ケンカ口調になってしまう。この間、太郎に八つ当たりしたのと同じだ。
「どうせ―――おいは、どこにおっても同じやけん。よか。」
 どこにいても。拝霊会は他人に支配される場所、久間田は母親が住んでいる場所…どちらも 『自分の家』 という感覚はない。本家にしても、この人たちに疎まれてどうして一緒にいられるというのか。
 どこにいても、自分の居場所がないことに変わりがない。
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 太郎の父親は、信の言葉の意味を考えるように遠くの山に視線を移す。
「そうたいね。もし信がそげんしたかったら、よかよ。出ていっても。」
「……え」
「うちにおって、気がねしながら生活しよるとやったら、お母さんとこでも拝霊会でも、戻ればよかよ。無理に止めたりせんけん。太郎んために一緒ん高校ば行って欲しかち言うたこつもあったとばってん、あいも方便やけんね」
 冷水をかけられたような気分だった。分かっていたのに、自分はなぜ動揺しているんだろう。
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 太郎の父親はいったん目をふせて、まっすぐ信に向き直る。
「ただな、信。おいも母さんも、信んこつば好いとうとよ。なして邪魔にしとるとか思われたか分からんばってんが。そげな誤解ばされて信がおらんごつなったら、母さんも太郎も悲しがるとよ。家族の減るちいうとは、寂しかけん…あの2人がまた元気のなくなるんは、困ると。加畠さんも、先に拝殿やら祈祷所やらの再建からしたかけん、母屋ば建てるんはちょっこし先になるち言うけんね。だけん…」
 頭が混乱して、返事ができない。理解できたのは、この人の口から 『ずっと言って欲しかった言葉』 が出てきている。それだけだ。
「だけん、どこにおっても同じなら、うちにおったらどうね。うちにおってもいろいろあるかもしれんとばってん、大人になったらキツかこつも多かけんね。せめて高校ん間だけでも、太郎と一緒になんも考えんで暮らすんも、よかやなか。おいは、去年までうちの家族と目も合わせんやった信が、うちん来て、おいや母さんのこつ “父ちゃん、母ちゃん” ち呼んでくれるごつなったと、ほんなこつ嬉しかったとよ。太郎と毎日笑ったり怒ったりしよるとば、見るとが楽しかったと。」
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 もう相手の顔を見ていられず、唇をかんで地面に目を落とした。太郎の父親が、顔を覗き込んでくる
「ああ、どげんしたとね信? 泣かんでよか。泣かんでよかよ。」
 あやすように頭をなでられて、抱きかかえるように背中をポンポンと叩かれた。
 泣かんでよか。大丈夫やけんね。大丈夫。『父ちゃん』 が何度も何度もなでてくる。
 コーヒー屋が見ているかもしれない。
 恥ずかしいと思ったが、どうしても涙が止まらなかった。
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(続)




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