神霊狩小説B


(56) 2月×日 水天町・匡幸



 
 
 土曜日の夜。
 東京で受けた私立高校の入試問題をチェックして、匡幸は頬づえを付いた。
 
 ―――できは、悪くないはずだよな。
 
 これでもし水天高校を失敗すると、東京に行くことになるのか。しかもママは東京に行きたくないって言ってたから、一人で行くことになるかもしれない。
 水天高校に自信がないわけじゃないけれど。こんなに悶々とするくらいなら、私立は少しくらい手を抜いておけばよかった。
 
 携帯電話をチェックするも、メールもない。太郎と道男もケイタイくらい持てばいいのに。心の中でぼやきながら、太郎の家に電話をかけた。
「明日さ、久間田に行かない?」 と言うと
「…久間田で、なんすっと?」 いつもの のんびりした声が返ってくる。
「私立の入試はとりあえず終わったし。勉強ばっかしてても能率悪いからさ。息抜きに、舟でも乗ってこようよ。いいだろ?」
「この寒かつに舟っち……よかよ。」
 どっちなんだ、とツッコミを入れてから、電話を切った。
 
*  *  *

 
 右手に見える建物は、映画のロケで使われたこともあるレンガ造りの倉庫です。あちらは以前とても大きなお屋敷があった場所なんですが、残念ながら火事でなくなってしまい……
 船頭の説明を聞きながら、流れる舟に身を任せる。やっぱり冬の川は、寒い。太郎もいつも以上に体を小さくしている。
「昼、なに食べようか。いくら有名でも さすがにウナギは無いよな。」
「僕、マクドナルドがよか。」
「ちょっと、なんでこんな所まで来てマックだよ。」
「こんな所でしか食べられんけん。」
 ……太郎と、しばらく見つめあった。
「田舎もーん♪」
「せからしかー。匡幸でん、もう立派な田舎もんやなか。」
 舟の上で太郎をからかっていると、一緒に乗ってる観光客がくすくす笑う。
 
 笑い声が聞こえたのか、水路ぞいの道を歩く人も立ち止まってこちらを見ている。
 コンビニの袋を持ってこちらを見下ろしている、あれは……信じゃないか?
 信はよほど驚いたのか、幻でも見ているかのように こちらを凝視している。
「おぉーい。信ー!!」
「……。」 周りの人に注目された信は、聞こえないふりをして立ち去ろうとする。
「無視すんなよー。まっことー!!」
 手を振ると、あきらめたように足を止めた。
「後で、船着場、来いよー♪」
 隣の太郎の手首をつかんで、ぶんぶんと振ってみせる。信は返事もせずに、足早に反対方向に消えた。
「すごく嫌な顔、しとったとよね」 太郎が つかまれた手を放させようと匡幸の手首をつかむ。さらにぎゅっと力を入れてにぎってやると 「むぅ〜放さんね〜」 腕のつかみ合いになった。くすくす。
 結局太郎と遊んでばかりで、あまり説明も聞かずに船着場まで来てしまった。
まあ、楽しかったからいいや。
 
 舟を降りると、信が石段に腰掛けて待っていた。
「おまたせー♪」
「待ちたくて待っとったわけや、なか」 信は面倒くさそうに立ち上がると 「来るなら来るち、先に連絡くらいしてこんね」 太郎に文句を言う。
 てっきり連絡してあるのかと思っていたんだけど。太郎はなんだか困ったような、複雑な顔をしている。
「…あのくさ信。僕、今日は匡幸と2人で舟に乗りに来たとよ」
「あ?」
「べつに、信に会いに来たわけやなかやけん。だけん、信は帰ってよかよ。」
 無神経な発言に、信がじっと太郎を見返す。
「なに言ってんだよ。冗談だよ冗談。これから太郎とマック行くんだよ、信も行くだろ?」
「えー?」 太郎がまた何か言おうとする前に 「ほら行くぞ」 信の背中を押して歩き出した。太郎って時々、マジでヤバいかもしれない。
 
 さすがに日曜の昼とあって、マクドナルドも混んでいた。
「お母さん、どうしてるの」
「そろそろ起きる頃やろ。夜は遅かけん。」
「信、家におらんでよかね?」
 太郎、意外としつこいな。文句を言われたのが そんなに嫌だったんだろうか。
「なんだよ〜。そんなに俺と2人きりになりたいわけ?」 からかうように言うと、
「おまえら、昼間っからイチャイチャすんな。鬱陶しい」 信が眉根にシワを寄せる。
「じゃ、夜にイチャイチャするか太郎?」
 せっかく人が冗談で和ませようとしているのに、太郎は何も言わず匡幸の顔を見たまま 熱そうにスープをすすっている。ずず……ぶっ! ごほっ。けほっ!
「あー、なにやってんだよ。」
「なっ、なに言うとっと! バカやなかか匡幸!!」
「おまえ、反応遅〜っ。しかも過剰反応かよ。」
 真っ赤になって涙目でむせる太郎に、信も あきれたように口元を緩ませる。
 
 
 もっとゆっくりしていこうと思っていたのに、太郎は食べ終わるとすぐに帰ると言いだした。 「じゃあ、信。また後で。」 匡幸より先に信にあっさり言って、マクドナルドの前で別れた。
 信の背中に手を振ってから、バス停に歩き出す。
 
「太郎さぁ。もうちょっと考えないとな。」
「なにをね?」
「帰れ帰れって。信、かわいそうじゃん。」
 ―――太郎はうつむいて、黙って歩く。バス停まで来るとようやく顔を上げた。
「僕は、毎日信と一緒におるとよ。」
「うん?」
「だけん、日曜まで会わんでもよか。」
「そりゃそうだけど…でも」
「信は、土曜と日曜しか久間田のお母さんと一緒におられんのやけん…せっかく昼は お母さんの作るご飯食べれるとこやったつに、マックにしてしもうたばい。」
 
 あ。そういうことか。
 
 信は、分かってたんだろうな。俺だけ一人で おたおたしてたのか。なんだ。
「……俺の時は、もっと分かりやすく言ってくれよな。」
 言ってみると、太郎は首をかしげて言葉の意味を考える。
 
「だからさ、なんか理由があっても、匡幸は東京に行けばよか〜とか言わないでくれってハナシ。俺は信ほど察しがよくないかもしんないし。」 笑いながら言おうと思ったけど、うまく笑顔が作れなかった。
 
 そげなんと、言うわけなかやなか。
 当然のように答える太郎は、ちゃんと笑顔だった。
 
(終)



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