神霊狩小説


R 11月 水天町の空

 
 空はどこまでも青かった。
 信は狼になって走っている。体は軽く、風が気持ちいい。
 ふと、このまま空に上がってみようと思った。
 山の頂上まで駆け上がる。
 とん、とん、と木のてっぺんまで行くと、思い切り空に向かって跳んだ。
 風に吹かれてどんどん上に昇っていく。
 なにも見えなくなるほど昇って、自分の意識も遠くなっていく。
 このまま掻き消えてしまうのもいいかもしれない…
 
 
「……とー…」 遠くで声がする。「 まことー」
 太郎の声が聞こえて、狼が体の中に戻ってきた。
「信、どこにおるとー」 目を閉じたまま、太郎の声を聞く。
 狼を走らせながら、少し眠っていたようだった。
 自分を呼ぶ太郎の声が心地いい。もう少しこのまま眠っていようと思っていると、こげなとこにおったと、と声がした。
 
 目を開けると、視界いっぱいの青空を背に、自分の顔を覗き込んでいる太郎がいた。
 
「もー、こげなとこで寝とったら、お母さんに怒らるぅったい」
 気がつくと、屋根の上で寝ていた。布団干しを頼まれて、そのまま上で眠ってしまったらしい。
「うわ…信、毛だらけやなかー」
 自分のまわりに近所の猫が3匹も一緒になって眠っている。干している布団に猫の毛がついていて焦ったが、後で掃除せんなんね、どうせ今どかしても、こいらまたここで寝よるけん、とあっさり言われただけだった。
「お母さんが、お客さんに出すお菓子ば取ってきてくれっち言うけん、信も一緒に行かんね」
 
 今日は古森酒造の新酒の初搾りになる。近所の人を招いての試飲会を行うらしい。
 予約してある和菓子を貰ってくるだけたい、と太郎が説明する。
「そうたいね、今日はじゃあ勝ったほうに自分のお菓子半分あげるこつしようか」
という太郎に、おまえも懲りないなと言って笑った。
 
 
 屋根から降りると太郎の両親が新しい杉玉の準備をしていた。
 酒蔵からは酒の匂いが流れている。
 
 歩きはじめて空を見た。
 抜けるように青い空を眺めて、あそこに消えるのはもう少し後でいいか、
と思った。
 




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