神霊狩小説


L 10月×日 学校

 
 
 放課後の教室にやって来た太郎が、匡幸に向かって一生懸命話をしている。頬杖をついたまま眺めていると 「あ、そうなんだ」 あっけなく言う匡幸の声が聞こえた。
「いや気にするなよ太郎。おまえのお父さんが、うちの親父を直接どうかしようってんなら問題かもしれないけどさ。組合が会社相手だろ? 俺たちカンケーないよ」 と、太郎の背中を叩く。
 昨日からずっと落ち込んでいた太郎が、安心したように信のほうを向いた。
 
 夕食の時も父親と顔を合わせるのが気まずいのか、太郎は下りてこなかった。
「困ったもんたい」 太郎の父親がつぶやく。
「組合長も、あん工場ば建つ前から反対しちょったけん、なかなか折れそうとせんとよ。うちの水もちょっと遠かばってんが、知り合いの湧き水ば使わせてもらうこつなったけん。なんとか大きかこつならんよう済めばよかが…」
 大日本バイオインダストリーズは町おこしのために作られた工場であるだけに、工場の恩恵を受ける企業がいくつもあるらしい。対する酒造組合も蔵元たちの集まりだけあって、地元での発言力は依然大きい。訴訟は本人たちだけではない問題になりつつあるようだ。
 部屋に戻ると、太郎がいた。
 信の顔を見るなり 「おなか、すいたと」 少しむくれた様子で言う。
 滅多にしない喧嘩のためか、父親と仲直りするタイミングがよく分からないようだ。
 なんでおいに言うとね、といいつつも握り飯を差し出した。
「え、信、僕のために作ってきてくれたとね」
「……」
「……」
「おいが、作るわけなかろうも」 太郎の頭の中で、自分はどう思われているのやら。
「おまえの母ちゃんが、太郎がそっちに行くやろうから、来たら食わせてやれって渡してきたけん」
「あ。なんだ」
 自分が握り飯を作っている姿なんて想像できないだろう、と言うと 「思いきり想像したとよ」その姿を思い出してるのか、少しだけ笑って言った。
「太郎。明日、父ちゃんにあやまれんね」 言うと、素直にうなずいた。
 
 
 気がつけば信は加畠の前にいた。
 加畠は仮住まいをしているらしい信者の家で、何者かの相談を受けている。
「フゾウを…だせませんか」
 相手には信の姿は見えていないらしい。
「こん冬、何件かの酒蔵でフゾウがでれば、地下水の問題などにかまっておられんこつなるでしょう」
 加畠はつと顔を上げ、信を見据えた。加畠には明らかに見えているのだ。
 フゾウをいう言葉の意味は分からなかったが、その言葉は嫌な響きを持っていた。
 



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