神霊狩小説


M 10月×日 水天町・古森家

 
 
 大神拝霊会から加畠がやってきた。
 
 拝霊会の建物が再建されたあかつきには、早苗と一緒に戻るように、と命令するかのように言う。
「信さまが正式に継ぐ日までは、私が拝霊会ばお守り申し上げます。私にもいくばくか力はありますけん。それに拝み屋のすべてが霊力で物事を解決しとるこつなかです。人的な方法を使うこともあるとですよ」
 裏で動く者たちの存在をほのめかされ、嫌悪感が増す。
「俺んこつは、もうあきらめたんじゃなかとか。それであん神社の娘ば奉りあげとったつね」
 加畠は涼しい顔で言う。
「あん娘は大神のものではなかったとです。憑いとったんも大神さまではありませんでした。そんために大神さまの怒りば買うてしまいましたけん、もう同じ過ちはできんとです。あん娘がおるためにあん神社もそのうち力ば持ってくるやもしれんこつですが、信さまの力が圧倒的に勝っていることば知らしめれば、なんの問題もなかとです」
「おいは、絶対に継いだりせん。おいにはなんの力もなかよ」
 加畠は少し笑ったように見えた。
「この間は狼の姿で来らっしゃったな。あれは姫さまの中におらっしゃった大神さまの使役が、信さまに移られたもんですたい。そいから」 と一息ついてから
「あの話、本家の主に話してみるとよかです。本家にもどげんしようはなかでしょうが、信さまさえその気になれば」
? フゾウがどうの、と言っていたことだろうか。どちらにしろもう拝霊会の話はうんざりだ。
「もう帰れんね」 吐き捨てるように言った。
 
 加畠は立ち上がってドアに向かったと思うと、ふいに信に向き直った。
「他にも、魂抜けばしちょる者がおりますな」
 信は瞬時に血が凍るような感覚に襲われた。
「あいつらは、関係なかよ。」
「そう、同じクラスの子たちは、信さまと共鳴したために、同じように魂抜けばできるこつなったに過ぎません。しかしこん家の長男はもともとできたとでなかですか。もともと同じ血ば持つ一族のうち、霊力の強かもんが分家となっただけんこつ。あん子の中にも大神さまん血が流れとるとは、信さまがよく分かっちょるでなかでしょか」
 加畠は知っているのだろうか。獣の姿に変わったのは、太郎のほうが先だということを。
「太郎に何かしたら…!」 思わず大きな声が出た。
「太郎にはかまうな。あいつに、他人ば呪うたりできるわけがなか!」
「…血とは、恐ろしかもんですたい」
 言い残すと、加畠はゆっくりと部屋を出て行った。
 
 怒りなのかなんなのかも分からない感情で手が震える。
 しばらくして部屋をでると、廊下に太郎が立っていた。
 今の話を聞かれたのではないかと思ったが、キョトンとした様子で
「信、またなんか怒っとったと?」 と訊いた。
 なんの説明もできないので黙っていると、雰囲気を変えようと思ったのか
「そういえばこの間、魂抜けしたときに狼ば見たとよ」 と言う。
「信、魂抜けでけんこつなったっち言わんかったとね? あれ信じゃなかっちゃね」
「あれは…おいの魂じゃあなか」
「?」
「おいの中に、狼がおるとよ。そいを外に放てば、そいの見たもんを見れるし、やりたいように動かすこつもできる」
「? …それっち魂抜けとどう違うと?」
「そいを外に出しても、おいはおいのまま自由に動けるとよ。」
 太郎はようやく納得したようだ。
「すごかねー。僕も、いつかそげんこつできるようなるやろか」
 
 
 信は一瞬言葉につまって 「できるわけ、なか」 とつぶやいた。
 
 



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