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目覚まし時計の音に手を伸ばすと、腕がこん、と太郎の頭に当たった。
太郎は意外と寝相が悪い。今朝は信の布団の端に頭を乗せている。
「おい、太郎。たーろー」
声をかけたが、まったく起きるようすがない。あまりに無反応なので、ひょっとしたら魂抜けしているのかもしれない、と思って指で頬を突いてみた。
顔に触れられてびっくりしたのか、ぱかっと太郎の目が開く。
「起きたとね」
「……なん…なん、しとっとね、信」
はっきりしない声で言う。寝ぼけているらしい。
しかし目が覚めて頬に指を当てられているこの体勢は、太郎でなくても驚くか。
「え〜、信、先に行ったと!?」
「あんた、寝ぼけとって起きてこんけん、自転車で来いっち言いよったとよ」太郎の母が説明する。
信は大神の家にいたころから徒歩で通学していたので、太郎も一緒に学校に行くようになってからは歩いて行っている。二人乗りでもいいのだけれど、校則ではとりあえず禁止となっているので毎日というわけにはいかない。自転車で行くより30分以上早く家を出ることにはなるが、ふたりでポツポツ話しながら歩くとそう長い距離には思えなかった。
「そうそう、信、高校受験するこつ決めたごたるよ」母親が嬉しそうに言う。
「え、本当?」
「さっき『受かるか分からんばってんが、またご迷惑かけます』っちあらたまって挨拶しとったとよ」
「…そげんね」よかった。あらたまって挨拶する信、というのもちょっと想像できなくて、その場にいなかったのを残念に思ったけれど。わざと太郎のいない時にそういう話をしたのかもしれない。
学校に着くと、隣の教室に信がいるのをチラッと確認してから自分の教室に入った。
「お、太郎、なにニヤニヤしてんだよ」
放課後、匡幸たちの教室に行った途端に言われた。
「なんかいいことあったとね」と道男が訊く。
「え、笑っとったとか」
思わず両手で頬を押さえながら、黙ってこちらを見ている信に
「なんで朝、起こしてくれんかったとー」と、とりあえず文句を言ってみた。
「起きんかったけん」と頬杖をついたまま答えてから「…なんで笑っとっとか」と訊くふうでもなく言った。
朝の『挨拶』のときも、こんな少し照れた風だったんだろうな、と思うとまた笑いがこみ上げてきた。
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