神霊狩小説


C 9月1×日 水天町〜2日後

 
 
「お母さん、お客さん来ちょるけん、もやしのヒゲ取りしちょいてね」太郎の母が言う。
「うん、信もやるっち」
「あ?おい?」
 太郎の母は「そうそう、『信もやるっち』♪」と笑いながら出て行った。
 太郎に言われるまま、もやしの根っこの部分を一つずつちぎっていく。
ぷつんぷつんぷつん。地味な作業だ。
「…なぁ。これってこのまま喰ったらいけんとか?」
「ダメたい」
「なして」
「だってもやしのヒゲは取りよるもんたい」
…答えになってない。
 
 
 信は結局、古森家に居候させてもらうことになった。
 卒業までとなると半年もの間、ここで暮らすのだ。
 なんでも手伝うけん、と言ってみたところ、最初の仕事が「もやしのヒゲ取り」になった。
 太郎はしきりに早苗の心配をしていたようだが、信が学校にも行かずブラブラしているのを見るのも負担になるらしい、と言うと納得したようだ。
 
 しかし料理の手伝いとは予想外だった。もやしに「ヒゲ」があるという意味も分からないが…
 
 
 
 いいよな〜信、太郎んとこに同居かよ。と匡幸が少しくやしそうに言う。
「俺も太郎んとこに居候しちゃおうかな〜。もう東京帰るより、ここの生活も悪くない気がしてきたんだよね」
「…え。匡幸、東京に帰ると?」
「まぁね。親父もいったん研究は中止になるみたいだし。東京に帰るってことになってさ」
「そんな」
 太郎は見るからにショックを受けたようすだ。
「な〜んだよ太郎きゅん、寂しいのかなー?」匡幸が太郎の髪をクシャクシャにしていると「寂しかよ」とまじめな顔で答える。
「なんとか、ならんと?」と道男。
「なるかよ、親が決めたことなんだからさ。ま、帰るって言っても高校からだし?まだ先の話だし……それより、おまえたちは進路決めたわけ?」
 
 わざと明るく話す匡幸は、かえって寂しそうに見えた。
 
 

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