神霊狩小説


I 9月2×日 学校・図書室

 
 
「信、飲み込み早かねー」
 感心したように道男が言う。
「やっぱギターやっとるけん、指の運動は脳の発達にいいち、本当なんね」
 
 高校受験を決めてから、太郎と二人もっぱら道男に勉強を教えてもらうようになった。
 太郎によると道男は成績優秀らしく、進学校を受験するということだ。
 ほとんど白紙の自分に教えるなんて、どんなに面倒だろうと思ったが
「他人に勉強教えるとは、自分の復習にもなってよかよ、よかよか♪」 と一向に気にしない様子だ。
 太郎のほうもいまだに授業中に居眠りするらしく、成績はいまひとつらしい。熱心に道男の説明を聞いている。
 
「数学なんかは公式さえ覚えれば、あとは展開していくだけったい。信は応用問題得意そうやけん、なんとかなるち思うばい」 
 そんなものなのか、と思っていると
「問題は暗記ものなんじゃないの〜?」 匡幸が口を挟んできた。あのちょっといじわるな笑顔になっている。
「社会科や歴史なんか、全部覚えなきゃいけないんだよねー。英語も単語ぜんぶ覚えなきゃいけないし。タイヘンだよ〜」
 思わずムッとした表情をしてしまった。こいつの人をおちょくるしゃべり方は直らないようだ。
「そうだ、この語呂合わせの参考書貸してやるよ。俺はもうほとんど覚えてるから」
 性格は親切なのにな、とつけ加えておく。
 
 それにしても…教科書をめくる手がひどく重く感じられた。
 
 
 夕食の席で、太郎が唐突に 「よし、競争たい」 と言う。
「今夜から範囲決めて、教科書の暗記するとよ。んで問題出しあって、つまずいた方が負けになると」
「…はあ」 なんでこんなに張り切っているのだろう。
 太郎の母が信に目配せをして笑った。信の受験のことを喜んでいた、と言ってたが、そういうことか。
「ただ負けじゃつまらんけん、夜ごはんのおかずを賭けるったい! 負けたほうが勝ったほうに半分あげるこつしよう」
「なんね、全部やなくて半分なんて、あんた負ける気満々やなか」 太郎の母があきれる。
 
 夜、布団に入っても教科書をにらんでいる太郎につられて信も参考書を開く。
「…なあ太郎」
「なんね」
「おいがもし落ちても、怒らんとよ」 なんだか心配になって言ってみた。
 太郎は信を見て、ちょっと考えてから 「……怒らんばってんが、泣くったい」 
さらりと言った。
 太郎の場合、冗談じゃないからな…とまた心配になってきた。
 


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