|
---|
夜、太郎と父親が言い争っているのが聞こえた。
太郎があの父親にたいして大きな声で怒っている。
廊下で立ちすくんでいると、太郎がオーディオルームから出てきた。
信の顔を見て一瞬なにか言おうとしたものの、すぐキッと口をつぐんで横を通り過ぎて言った。
その夜は夜中を過ぎてもなかなか寝付けなかった。
口論のことが気になる。あれから太郎も太郎の両親も、なにも話さず気まずいままであった。
ひょっとして、自分のことでもめていたのではないだろうか…
2日前から瑞香の部屋を使いはじめたが、太郎には不愉快なことだったのではないか。両親はなにも知らなくとも、太郎は信の代わりに瑞香が命を失ったことを知っている。
…これではカッコウと同じだ。
いつの間にかうとうとしたらしい。部屋に誰か入ってきた気配を感じて目が覚めた。
信の布団の横に、転がっているものがある。巨大ロールケーキのように見えたが、太郎が掛け布団にくるまって寝ているのだと分かった。
「…なんしよっとね」
信の問いかけにも答えず、太郎は向こうをむいたまま動かない。
こんな時、なにをどうすればいいのだろう。自分の部屋に来るということは、信に対して怒っているのか、その逆なのか?
「お父さんは、ひどかよ」
太郎がようやく口を開いた。
「お父さんたち、大日本バイオを訴えるこつ考えとると」
ロールケーキのまま、怒りをおさえた口調で話し始めた。
太郎の父親が属する水天町の酒造組合が、地下水の減少原因が大日本バイオインダストリーズにあるとして訴訟を起こす、という話が起こっているらしい。
「匡幸、東京の高校に行くち言うとったばい。こんな最後んなって、うちと匡幸のお父さんの会社が争うようなことになるこつ、ひどか。水だって、水道水でなんとかしようち言うとったつに。なんで今さら」
予想外の話にただ黙っていたが、太郎にしても信が何かできると思って話しに来たわけではないようだった。
少しだけ布団から顔をだして 「今日はここで寝るけん」 と言った。
「いきなり信おらんごつなって一人んなったら、落ち着かんとよ」
結局敷布団も持ってきて隣で眠っている太郎を見て、ふ、と笑いが漏れた。
問題がおきているというのに、自分のことではなかったというだけで安心している自分自身もおかしく思える。
…ああ、そうか
「おいは、太郎たちに嫌われるんが怖いんか…」
言葉にしてみて、やっと分かった気がした。
|