神霊狩小説


H 9月2×日 水天町・古森墓地A

 
 
 法要の後
「お父さんたちまだ話があるけん、先に帰ってもいいち言いよるけど」
 太郎が見るからに落ち込んでいる。
「おまえがへこんで、どうするね」
 あれから読経の間おとなしく座っている太郎を後ろから見ていたが、どうにもやるせない気分になっていた。もう帰らんね、と話していると
「あらぁ、太郎ちゃん」 声をかけられた。
 振り向くと、ゆうに80才は超えている小さな婆さんが立っていた。
「…あ、影山の婆ちゃん」 太郎が答える。
「なんやあんた、あいかわらず小(ち)んちゃいじ。ごはん食べとるがんか?」
 どうやら他の地域から戻ってきた人らしい。ニコニコしながら太郎に話しかけている。
「あ、…うん」 突然のことで気がそがれたらしい太郎が、ぎゅ、と信の腕を握る。
「? なんね?」
「影山の婆ちゃんは、大神ばあちゃんの従姉妹ったい」 と説明してから、じっと信の顔を見た。やっと『挨拶しろ』という意味だとわかる。
 もう1秒でも早くこの場を去りたい気持ちだったが、とりあえず頭を下げた。
 
「…あんた、姫ちゃんとこのマコっちゃんか?」
 マコっちゃんという言葉に、体の力が抜ける気がした。
 そうたい、と太郎が代わりに答える。
「ほうけマコっちゃんけ。姫ちゃん、残念やったじ。いつも姫ちゃんと一緒に来とったがに、かわいそうに。」
 姫子の葬儀でもそんなふうに言われた記憶がない。
「姫ちゃん去年会うたとき、自分の身体悪いが分かっとったさけ、もう何べんも、信が心配や、自分が死んだ後、あの子はどうなるがんかっちゅうとってんよ」
 言いながらポロポロと涙を流しはじめた。
「ばあちゃん、信、今うちにおるとよ。」 太郎が説明すると、ほうけ太郎んとこにおるがかね、ほんだら安心や、とまた泣いた。
 
 
 帰り道、太郎と二人黙って歩く。陽が斜めになってきていた。
「信」 太郎がポツリと呼んだ。顔はまっすぐ前を向いている。
「大神ばあちゃんは、ずっと具合が悪かったとよ。」
「……」
「ばあちゃんが死んだんは、信のせいじゃなかよ。一言主とは関係なか。」
 ふいに涙が浮かんできた。太郎の優しさにか影山ばあちゃんの言葉にか、あの時なんとも思わなかった祖母の死に対してなのか……。
 
 おそらく太郎はそれをずっと前から言いたかったのだろう。 
 言ってしまってからホッとしたように信の顔を見て、
「影山のばあちゃん、よか人たい。よかったとね信」 と笑った。
「ああ」 と答えてから、ちょっと面映い感じがして 「…なにが」 と訊いてみると
「あすこに匡幸と道男がおったら、明日から信のあだ名は『マコっちゃん』になっとったとよ」 と、太郎のほうもごまかした。
 


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