神霊狩小説


B 9月1×日 水天町A
 
 
「…なんね」
 太郎はいきなりの質問に驚いたようだ。「なんね、て?」
「なんか言いたかこつ、あるんやろ」
「え…、うん」
 太郎は不機嫌な声に威圧されたかのように、ちらっと信の顔を見てからまた黙ってしまった。
 しばらく待ってみたがじっと床を見ているので、もう一度声をかけようとしたとき
「あんね、信。 信、また、うちに来んね?」と切り出した。
「…?」言ってる意味が分からず、太郎の顔をじっと見る。
「だから、卒業まで、うちから通うたらどげんか、思って」 
 唐突な話に、なんだか頭がついていかない。
「あんね、うちのお父さんもお母さんも、信がいなくなってから寂しそうやけん。信がうちにいてくれたらと思うち。学校だって、久間田からやと大変やなか。
でも、でも信もお母さんとやっと一緒に暮らせるこつなって、そげんこつ言われても困るっち分かっちょるけん。」
 自分がいなくなってホッとされてるかも、と思っていたがこんな話になっていたのか。
 気持のトゲが取れていく。
「…ごめん」太郎が謝る。言ってはいけないことを口にした、という風だった。
「べつに、あやまることなかよ」
「お父さんとお母さん、きっと今、信のお母さんに同じこつ話しとるとよ。信のお母さん、嫌な思いしてなかか思って」
 心配せんでよかよ、と言ってるところで階下から呼ばれた。
 早苗の具合がよくないらしく、太郎の父が車で送って帰ると言う。信も部屋を出た。
 
 
 家に帰ると信はため息をついた。
「ちょっと緊張しとったけん、情けなかね」早苗が言う。
 状況を考えれば緊張するなという方が無理な話だ。
 やはり古森家から学校に通わないか、という話をされたらしいが、母親がこんな調子ではとても一人きりにしておけない。
 久間田では特にすることもなく、母の店の掃除をしたりして過ごしている。
 大神拝霊会の加畠が来たことがあったが、母がどんな話をされたかは分からない。
 母も思ったことをなかなか口にしない性質らしく、その辺は自分は母親に似たのだと思う。
「でも信、あんたは学校行かんと」分かっとるよね、という風に信を見る。
「私はもう、大丈夫やけん」有無を言わさない口調で言った。
 
 

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